檄(ひとこと改め)

 

2016年8月19日

The Book Project 夜間飛行で配信中の

甲野善紀先生のメールマガジン『風の先、風の跡』にて,
福岡要氏と私の教育についての対談が掲載されました(全21回).

第8回の記事は夜間飛行のプレタポルテにて公開中です.

小林晋平×福岡要対談・第8回「世界は本当に美しいのだろうか」




2016年3月14日


人は死んだらすっかり他人のものになる.

だから,生きてきたようにしか死ねない.




2015年6月18日(木)


子育てをしていると

「そういえば自分もこんなことで喜んでたなあ」

なんて思い出して,人生をもう一度体験させてもらったような

得な思いをすることがある。


人とこんなにも深く,濃く関わらせてもらえることはそうそうないし,

子供たちからもらえる一瞬一瞬が宝物だと思う。


よく「親になってみないと親の気持ちはわからない」という。

親がいかに苦労して子供を育ててきたかという意味で使われる。

確かに子育ての苦労は生半可なものではないが,

そんなことは簡単に消し飛ぶほど,

子供と一緒にいられることが幸せである。

「なんだ,こんな楽しい時間を過ごしてたんじゃないか」

と,別の意味で親の気持ちがわかったくらいだ。


そうやっていろんなことがわかったが,

一番ありがたかったのは,

人の喜びや悲しみを,掛け値なしで自分のこととして感じられるとは

こういうことなのかとわかったことかもしれない。


子供が喜べば自分のこととして喜び,

子供が悲しめば自分のこととして悲しむ。

全く何の壁もそこに挟まず,すっかり丸ごと自分のこととして

親は俺と一緒にいてくれたんだな。

ありがてえな。

 



2015年2月


惜福・分福・植福

(幸田露伴『努力論』より)  

 



2014年12月27日


… 周行して殆からず。以て天下の母と為す可し。

 吾,その名を知らず。之に字して道と曰う。」

                 (老子『道徳経 第二十五章』)


 本年も様々な方との出会いがあり,新しい展開をたくさん開いて頂きました。

 本当にありがとうございました。

 来年も宜しくお願い申し上げます。




2014年9月2日


 今動こうとしないことを過去のせいにするな。

 未来など想像に過ぎないように,

 僕らにとって重きをなす過去とは事実ではなく,解釈に過ぎないものだ。




2014年8月18日


 アソビとマナビを繋ぐ,「出来る」ということ。

 

 自分は出しゃばらず,当の本人が自力で出来たという達成感を持たせること。

 よい例題の追求。質への忍耐。予想外への寛容。




2014年7月7日


 我,乱想の凡夫なり!

  



2013年10月31日


学生時代,

「『人を喜ばせることが好き』と言っているやつは

 その行為によって自分が満足しているだけだ」

と言った友人がいた。


自分だってそうしたい,でも自分にはやり方がわからない,

自然にそれが出来る友人が羨ましい,って素直に言えばよかったのに,

何だってあんなに斜に構えてたのかなあ。


あいつ,今どうしてるかなあ。




2013年 10月 28日


 「自分が何をやりたいのかわからない」

 学生からもそういう相談をよく受ける。

 わからない理由は主に二つ。

 

 一つは単に知識不足。

 これは大した問題じゃない。

 漁りまくれば知識なんぞ簡単に増える。

 何かについてある程度知りたければ類書を3冊読めば十分。

 3冊読めばどれもがもとにしている「ネタ本」が見つかる。

 偶然にも3冊の中にそれが入っていたらもっと幸運だ。

 それなりのエキスパートになりたければ最低5000時間取り組むことが

 必要だとは言われている。

 1日10時間取り組んだとして,約1年半。意外と短い。


 問題はもう一つの方。

 本当にやりたいことなんかとっくにわかっているはずなのに,

 本人には見えていない,いや見ようとしていない場合。


 自分に嘘をつくことと,全体のためを考えて自分の意見を変更することは

 全く別のことだ。

 何で自分に嘘をついてしまうのか。

 誰かのことが怖いのか?

 何かが怖いのか?

 見栄か?虚飾か?


 あのなあ,「持ち過ぎ」なんだよ。

 

 捨てて,捨てて,捨てて,

 とにかく捨てまくれ。

 もし1個残ったならそれが一番やりたいことだろうが。

 もし1個もなかったとしたら,実は何も最初っから何も持ってなかったってことだ。

 そしたら知識を漁りゃあいいんだ。

 世の中にはとんでもなく面白いやつがいくらでもいるぞ。

 いろんな人と話しまくって盛り上がったり,

 お前の考えなんざ全然浅いとボコボコに凹まされればいいんだ。


 いいか,自分の人生に責任を取れるのは自分だけだ。

 お前が怖がってるそいつが,お前のために死んでくれると思うか?

 お前のために命を捨ててくれるようなやつが,お前を縛ると思うか?

 

 そもそもお前は誰にも,何にも,縛られてなんかいないんだよ。

 好きにやれ。その代わり,最後どうなっても,

 「これは,俺がやりたくてやったことです」

 って言うこと,それだけは守れ。

 大人ってのはそういうもんだ。




2013年 4月 18日


 「やれることをやるだけです。」

 「やれないことがあったら?」

 「やれるようにするだけです。」

 「失敗したら?」

 「もう一度やればいいじゃないですか。」


  シンプルな人は,前に進む。




2013年 4月 8日


 何で俺の人生はこうなのかと,理由を探ったりしていない。

 目の前にあるものをそっくりそのまま引き受けている。

 だからあの人は痛快なんだな。

 



2013年 2月20日


 自燈明。

 闇に明かりを求めるのではなく,自らが明かりとなる。

 



2013年 1月 28日


 学び方を身につける場所としての学校。

 職業訓練の場所とのしての学校。


 科学は科学。技術は技術。

 Science and Technology であって,

 科学技術ではない。


 無理にまとめようとすれば必ず齟齬をきたす。

 共通部分と差異とに優劣はなく,

 幹と枝葉に分けることも出来ない。

 

 本体は,両者の間にこそある。

 



2013年 1月16日


 有限の時間の中で,どれだけ待てるか。

 明日死ぬとわかっていても,来るかわからない便りをただ待てるか。


 叶うか叶わないかを超えること。

 すでに叶っていることを知ることだ。




2013年 1月10日


 自分は知らないことだらけだと情けなくなる。

 しかし同時に,こんなにも学べることがあると気付いて嬉しくなる。




2013年 1月 6日


 ・思うと同時に動けているようになること。

 ・知行合一と自然法爾。

 ・興味がわかないのではなく,興味を持つ価値のあるものがないだけということ。

 ・創作する,そして表現する。

 ・考えて面白いものを超えて,文字通り面白いものを作る。




2012年12月11日

その昔,父が僕に言った。


「温室で愛情かけて育てられた花の方が,野に咲く花より弱いとは限らないぞ。」


本当の強さは,全てを自分で引き受けられるかどうかにある。


温室で育てられた花が,野で凛と咲くことだってあるのだ。




2012年12月2日

本当に「命懸けで」するならば、
成功か、死か、どちらかしかない。
比喩でなく、その言葉を口にする覚悟はあるか。
本気でこの国の行く末を想うのならば。




2012年11月27日

上ばかり向いていても、
下ばかり向いていても、
首が疲れるだけ。

本当にやり抜きたいのなら、
まっすぐ前を向いておくこと。




2012年10月19日

何となく自分の中にある、
「これはやっちゃいけないんじゃないだろうか」
っていう感覚を取り払うこと。

自分が人生の中で経験してきた程度のことなんて
ただ「偶然達」が出会っただけに過ぎない。
それを都合よく解釈したり、逆に不幸になる理由を無理やり生み出したりする。
時には自分に起こった出来事に後から理由を付けたり、
これから起こることをそんな自分で作り上げた解釈から想像したりもする。

サイコロを振ったらたまたま1の目が連続して100回出たとしても、
それはただそれだけのこと。
どんなに確率が低かろうが起きるときは起きる。
そこには何の運命も必然も、ない。
そこに何かを見出してしまうのは、「こんな奇跡に出会える自分」や
「こんなことに出くわしてしまう自分」でありたいという願望でしかない。

だから、いちいち理由付けをしない。
無駄な解釈もしない。
これまでの経験も、これからの未経験も、ただあるだけ。
生きてるんだから誰だって嫌なことも楽しいことも
たくさんたくさんあっただろうし、これからもあるだろう。
悩んだことがあってもそれを乗り越えたならすごいことだし、
今悩んでるとしたら悩めるってこともすごいことだ。
それは真剣に生きているという証拠じゃないか。

そんなあやふやで頼りない積み重ねの先端で、
今日も生きていられるということ。
特別な存在でもなんでもない自分の夢や希望が
ほんの少しでも叶ってきたということ。

偶然の集積に何かを見出す必要はない。
たくさんの人の支えが、自分の頑張りが、「想い」というとてつもないものが、
その偶然の集積の先に夢の実現という本当の奇跡を起こすのだ。

10月5日の連続ツイートに加筆・修正)




2012年9月28日

もっと笑いなよ。
お前いいやつなんだからさ、お前が笑えばもっともっとみんなが集まってくるよ。




2012年9月21日

今の自分が実は恵まれているということ。
それを認識した上で、明日はもっと成長した自分でありたいと願って今日を生きる。

かたや、今の自分は不幸せであると思い、
だから明日こそは幸せになりたいと努力する。

このところ周囲の方々に助けられてばかりいる。
僕がいきがったところで、一人で成し遂げられることなどたかが知れている。
僕が一人で成し遂げたつもりでも、実はそっと陰から助けてくれていた方々がいるのだと

改めて気付く。
僕はなんて恵まれているんだろう。

昨日はとても懐かしい方から連絡もあった。
その方は、僕に「飯を食わせてくれた」方だ。
大学院生だったころ、僕に飯を食わせてくれて、肩を貸してくれて、一緒に歩いてくれた方だ。
僕の稚拙な話を馬鹿にせず聞いてくれて、僕が活躍できる場を与えてくれた。

カナダにいたときも、情けないくらい多くの方々に支えられた。
今ここにいてもそうだ。
皆が僕を助けてくれる。

「一宿一飯の恩義」は絶対忘れちゃだめなんだ。
人からの恩義を忘れるということは、自分が幸せ者であることを忘れるのと同じだ。
「自分は不幸せだ」と感じているときは、恩知らずな人間になっているということだ。
昨日はそんな大切なことを思い出させてもらえた日だった。

自分は幸せ者だ。そしてもっと成長したい。
頂いた恩に報いたい。
自分がしてもらったように、次の世代に肩を貸せるようになりたい。

ケチる必要なんかない。
幸せっていうのは無限なんだから。




2012年9月4日

有限個の道具で「無限」に立ち向かおうとするから不安なのだ。
いつまで停泊を続けるつもりだ。
どれだけかき集めたところで、有限は無限にはならないぞ。

もう出航しろ。
動くこと、それだけがお前の不安を取り除く。
足りないものを見てしまうのは、お前が止まっているからだ。

動け。動けば無限はお前とともにある。




2012年8月21日

「自分でやってみればいかに大変かわかる」

その通りだ。

そしてやってみたときの難しさ、しんどさをずっと覚えていたいものだ。

そうでなければ自分が辛いときにしか他人の辛さをわかってあげられないような、
雑な人間に成り下がってしまう。

自分がどれだけうまくいっていたとしても、自分が最悪のコンディションだったとしても、
変えてはいけないスタンスがあるはずだ。




2012年8月4日

難しく言うのももったいつけるのもお前の好きにすればええけどな、
それってほんまにそんなややこしいことなんかな。




2012年7月23日

与天下人作蔭涼
(てんかのひとのために、いんりょうとならん)

物理にも思いやりが必要なんです。
思いやりがないということは想像力が欠けているということですから。




2012年5月12日

「研鑽を積む」、ああ、いい言葉だ。
「勉強する」とかよりよっぽどいい。
「論文を読む」だの「仕事する」だのは論外だ。

安っぽいプライドなんかはどうでもいいけれど、
人は誇りに生きるものだものな。




2012年5月8日

研究室の卒業生から就職が決まった話を聞いた。
別の卒業生からは研究を頑張っている話を聞き、そしてとても嬉しい言葉ももらった。

それから、学生が僕と話すとやる気が出ると言っていたと人づてに聞いた。

同僚の先生からも嬉しい言葉をもらった。

研究者の友人からは力が湧いてくるようなメールをもらった。

僕よりずっと若いけれど、ものすごく大きな目標に挑戦している若者からも
何だかジーンとくるメールをもらった。

ありがたい。本当に、ありがたい。
もうそれしかないよ、ほんと。




2012年4月28日

さすがに
「明日死ぬとしたら、残り一日何をする?」
という質問は極端だが、
「あと3年しか生きられないとしたら」
とか
「あと10年しか生きられないとしたら」
という質問はある程度の現実味を帯びている。

そしてそれらの質問は、自分が自身の本心にどれだけ誠実であるか、
容赦なく問い詰めてくる。




2012年3月30日

慣れるということは諦めることに少しだけ似ていると思うんだ。
だから俺はいつまでたっても慣れないんだ。
境界に立つ卑怯者と呼ばれても、腰が据わらない臆病者と言われても、ね。




2012年2月24日

プロは憶測でものを言わない。
まして願望や妄想の類ならなおさらだ。




2012年2月10日

新しくてより大きな目標を掲げて、
たとえそれに成功したところで、
前のことがちゃらになるわけじゃない。
逃げ出した思い出はずっと澱のように心に積もってゆく。

負けを認めなければ本当の再出発はできない。
逃げ出したことを認めなければ道は見えてこない。
他人はごまかせても、自分に嘘はつけない。
自分という審判者はとてつもなく冷酷だ。

怖くて逃げだしてしまった自分や、
戦って打ちのめされた自分を認めることだ。
「そんな事実はなかった」と自分に思い込ませるのではなく、
恥じて、悔しがれ。思い切り悶え苦しめ。
自身の歴史をちゃんと引き受けろ。
そのとき初めて、見るべきものが見えてくる。

いいかよく聞け、0勝1敗の何が悪い。
0戦0勝0敗のくせに遠くから叫んでるだけのやつとお前は違うんだ。

お前は0勝1敗だ。
確かに0勝1敗だが、1戦0勝1敗じゃないか。
その「1戦」、それこそが誇るべきものなんだ。
堂々としていろ。
本当にやりたかったことを見失わないために。




2012年2月9日

お前の値打ちは何回転んだかで決まるんじゃない。
どんなに転んでも立ち上がったかどうかで決まるんだ。

泥まみれの顔で立ち上がるのは恥ずかしいかもしれない。
けどな、そんな泥なんてずっと歩いてりゃすぐに落ちてなくなる。

「こんなの俺が本当にやりたかったことじゃない!」
って思ってるんだろ?
「本当の俺はもっとやれるんだ。頑張れるんだ。誰か気付いてくれ!」
って言いたいんだろ?
泥の中でうずくまってるのは自分らしくないって気付いてるんだろ?
だったら立ち上がれよ。
泥の中から何か握り締めて立ち上がってこいよ。

そうやってまた歩き出したなら、お前の顔がどんなに泥にまみれてたって
お前を見て笑えるやつなんてどこにもいないよ。




2012年2月7日

それでも止めるなんて選択肢はない。
進むしか能がないからな。
見切り発車も毎度のことさ。




2012年2月6日

士は己を知る者の為に死す、という。

俺は何の為なら死ねる?




2012年1月27日

まあそんなのどうでもいいだろ。

考えてもみろよ、
お互い大バカなのは今に始まったことじゃないんだから。




2012年1月25日

自己実現?
自分探し?
未知の能力の開発?

悪いけどそういうの必要ないんだ。
自分が何を好きかぐらいわかってるから。




2012年1月24日

誰しも毎日全速力で走れるわけじゃない。
そしてそれは全然悪いことじゃない。

そんな日は、一行ずつ丁寧に読んでみるといい。先へ進まなくても全く問題ない。
一日で一行しか進まなくても構わない。
書くときも一字一句ゆっくりと書く。書き取り練習だと思ってもいい。
で、たっぷり寝る。

たまった課題があるのなら、制限時間を決めて最速で終わらせてみる。
一人でやってもいいし、友達を誘って速さを競うのもいい。
自分が本当に大事にしているいくつかのこと以外は、全部遊びなんだから。

そしてなにより、やる気の出ない日なんて、
少なくとも1カ月に2、3日は誰にでもやってくると知っておくことが一番重要だろうね。




2012年1月13日

何で動けば動くほど実感になっていくんだろうな。




2012年1月6日

「リアルタイムの知と、蓄積としての知。二つを繋ぐ双対性」

まさか物理学者から、しかも俺より経験も実力もずっと上の人から
こんな言葉が聞けるとは思わなかった。

しかも
「明るい未来を夢見るのもいい。だが若者は挫折を恐れずに飛びこめ」
とまで言ってもらえるなんて。

最高じゃねえか。
こりゃやるしかねえだろ。




2012年1月3日

きっと迷ったり、惑ったりしてしまうことはあるだろう。

けれど、思い煩うことはもうやめだ。




2011年12月31日

研究室のOB達が忘年会を企画してくれた。
群馬ではなく、歌舞伎町に集合というのが実にうちの研究室らしくていい。

彼らに会えてとてもよかった。
どいつもこいつも、しなやかな強さを持っていて、
夢に向かって努力を続けていた。
そこに迷いは全然なかった。
とてもいい目をしていた。

自分の教え子達が大きな世界に羽ばたいていく。
教育者として目を細めながら彼らの活躍を眺めるとともに、
ひとりの学究者として、世の中に分岐点を作ることを目指すものとして、
自分の血が熱く滾ってくるのも感じた。

年末に会った大学時代からの友人も、研究者として、
そして教育者として、毎日文字通りの奮闘を繰り広げていた。
だからいい目をしていた。

この目、この表情なんだ。
なんと言うか、痛快なんだ。
どいつもこいつも暑苦しい。だから、いい。

来年はより一層忙しくなりそうだ。
何しろ矢面に立ちはじめたからな。

また集まろう。楽しみにしてるぜ。




2011年12月26日

昨日は銀座で行われた講演会に講師のひとりとして呼んで頂いた。
素晴らしい時間だった。

僕以外の講師は皆僕よりも若い人達だったが、
彼らの見識の深さ、学問や世の中に向き合う真剣な態度、努力の量、
そして何より人間性、どれもが素晴らしかった。
その中のお一人の言葉を借りるなら、まさにどの方も「非自明」であった。
僕が大好きな「おもろい」人達だった。
どの人達のことも一瞬で好きになってしまった。

出会えてよかった。
改めてやるべきこと、そしてやれることがたくさんあることもわかった。

先日は同僚の先生からも熱い言葉を頂いたし、
普段から学生には力をもらっているし、
昨日は彼らからまたひとつの原動力をもらった。

動き出してよかった。
一度動き出したらそう簡単には止まらない。
止める気はもちろんない。
痛快に、どこまでも痛快に駆け抜けるだけだ。




2011年12月22日

今年の講義が終了した。
年の最後に、担任をしている学年全体に向けて話をする機会を
与えてもらってとてもありがたかった。

やっぱり、彼らは力を持っている。
話せば話すほどどんどん目が輝いてきて、
明らかにやる気が漲ってきたのがわかった。

ありがたいことに学生達から
「先生にエネルギーをもらいました!」
って言ってもらえたけれど、実は、一番得をしたのは僕なんだ。
200人もの学生がいい表情でこっちを見てくれている、
そのことがくれるエネルギーは、本当にすごいんだ。

つくづく思うよ、教師ってのは学生に育てられるもんだ、って。




2011年12月16日

学問には、一生を賭けるだけの価値がある。
心からそう思う。




2011年12月14日

電車を待つ15分くらいの間に読むための本を何にするか、
本棚の前で15分悩んだことがある。
さすがにそのときは自分で自分に呆れてしまった。

まあ、つまり俺が君に言いたいのはそういうこと。
受かるかどうか不安だとか、この道より別の道を行った方がいいんじゃないかとか、
悩み苦しんでるように見せてるけど、実は愚痴をこぼして時間を潰してるだけだろ?
目の前にある面倒なことを先送りしようとしてるだけじゃないか?
そんなことしてる間に、教科書の1ページくらい読めたはずなんだ。

言っとくけど、勉強の借りは勉強でしか返せないよ。
うだうだ言ってないでさっさとやれよ。




2011年12月10日

1年後の今日の天気とか、
あの人本音ではどう思ってたんだろうとか、
もしあのときこうしていたら今頃どうなってたんだろうとか、
考えても決して答えが出ないことは山ほどある。

早くあの仕事は片づけてしまった方がいいなあとか、
この本面白そうだなあとか、
こんな状況設定をおいたらどんな現象が起きるんだろうとか、
気になることも山ほどある。

どっちも頭の片隅にずっと残って、動作を緩慢にする。
だから、

「考えても決してわからないことは考えない」
「気になったことはとりあえずさっさと始めてみる」

たったこれだけのことで居着くことがなくなる。

とはいえ、そんなこと簡単にできないと思い込んでいたけれど、
実は意外と簡単で、しかも楽しいことだとは知らなかったなあ。




2011年12月5日

「さて、やるか」

って声に出して言ってみる。
不思議と前に進むんだよなあ。




2011年12月2日

たとえどんな不幸に見舞われても、
たとえどんな屈辱にまみれても、
たとえどんなに悔しくても、
やめるか始めるかしか選択肢はねえんだ。

才能も運も関係ねえ。
瞬間移動もテレパシーも、使えるやつなんていやしねえ。
誰の背中にも羽なんか生えちゃいねえ。
だからどうした。それがなんだ。

だから人間は走るんじゃねえか。
走れなきゃ歩きゃいい。
歩けなきゃ這えばいい。
這えなきゃ前向きゃいい。

だから人間は凄えんだ。
超能力なんかなくったって、
空なんか飛べなくったって、
俺達にできることは無限にあるんだぜ。




2011年11月30日

「蚊帳の外」っていう状態はつまらない。
御神輿は見てるより一緒に担ぐ方が楽しい。

参加するかしないかは自分次第。
学問も同じ。
受け身のままじゃ、そりゃつまらないよ。
わかるだろ、学生諸君。




2011年11月29日

ほとんどの場合、知ってるか知らないかだけのことだよ。
だからへこむんじゃなくて、すぐに調べてしまえばいい。

もちろん本当に頭のいい人もたくさんいる。
だけどほとんどは「頭がよさそうに見える」だけ。
気にする必要なんかないよ。

それよりも腹立たしいのは「自分のことを頭がいいと思ってる人」だろうね。
見極める方法?
簡単だよ。
そういうやつは、僕はバカなんで・・・、とか謙虚な「ふり」をしてるから、
ほんとにバカにされるとすぐムッとするんだ。
ま、そんなのも全部ひっくるめて、あったかい目で見守ってあげるのが
大人ってもんだけどね。




2011年11月27日

あれもやっちゃいけない、これもしちゃいけないと拘束されて、
お前には無理だからこっちに進んだ方が身のためだとおせっかいを焼かれ、
自分でもそうかもしれないと思い込むようになって、いつしかそれが当たり前になる。

あとになって「実は自由だったんだ」と知っても、いまさらどうしようもない。
人が決めてくれたチャートに沿って進む容易さが体に染みついている。
どうせならこんなこと気付かなかったほうがよかったと言いたくなる。
道を進む自由ではなく、道を創る自由なんてなかったほうがよかったと言いたくなる。
不安に押しつぶされそうになって、やりきれないもやもやとした想いだけが残る。

気が済むまで泣いたか?
よし、じゃあ始めよう。
反撃はこれからだ。




2011年11月25日

罪悪感に耐える強さってのも、ときには必要か。




2011年11月24日

その時その時を大事にしている人は、
将来どうなるかなんてことは気にならないのだろうか。

明日何が起きるかなんてもちろん誰にもわからないし、
自分がどうしたいのかすらはっきりとはわからない。
でも
「何となくこれじゃないんだよな」
という感じだけはあって、それが気になって
目の前のことに集中できないなんてことはよくあるだろう。

今この瞬間を大切にしなければ何も積み上がりはしない。
これは目の前のことをただ片付けていくのとは違う。

そうか、体格の問題か。
体をどう使うかの問題か。
届く範囲が広がる。
使える時間が長くなる。
目標に向かって部位が協力する。
そういうことか。

文字通り足掻いていたのか。
どうりで必死に手を伸ばしていたはずだ。

どうりで研究室の中には理解も発見もないわけだ。




2011年11月21日

集中力が長時間持たなくてもいい。
集中するまでに時間が掛かってもいい。
大事なことは、思いついたらその瞬間に行動に移すこと。
思いと行動のタイムラグを短くしていくこと。
逡巡が一番の無駄。




2011年11月18日

計算する。
論文を読む。
議論する。

これらは身体を使った表現となり得るか。
芸術作品と創作行為の間にある関係と同様のものを
研究において行うにはどうすべきなのだろう。




2011年11月15日

「自分の現在の値なんてわからなくていい。
どうせ過去は遡って作られる。」
「気配だけ、この方向で合っているという
気配だけを感じればいい。
見つめようとすれば消えてしまったり、
違う色に変化してしまったりする。」
「そのままを体感するよりも簡潔な『そのまま』なんてあるのか」
「納得とは何か。しっくりくるとは何か。」

ルールを外さないからこそ立ちあがってくる現象か、
ルールを決めないからこそ現れる粗暴な爽快感か。

理解するということにかける情熱。
本質を見出すことへの渇望。

自分より強い奴と切り結ぶ。

怖くてしょうがねえ。
なのに何だって「明日も楽しいはずだ」なんて
思えるようになったんだ。




2011年11月11日

語るか、騙るか。




2011年11月8日

何もしなくてもあっという間に時間は過ぎる。
成し遂げたいことがあるならなおさらだ。




2011年11月6日

理解したかったのか、
発見したかったのか、
そういう世界にいたかったのか、
追いかけるべきテーマが欲しかったのか、
他のことを見ないでいたかったのか、
引き返せなくなったのか、
向いていると思ったのか、
惰性だったのか、
そうなるのが自然だと思ったのか、
まだ途中だと思っているからか、
考え続けたいからか、
他の道を知らなかっただけか、
ただやりたいだけか、
そして今結局どうしたいのか。

一番大切なことは何なのか。
問え。そして走れ!




2011年11月5日

わかるということと身体的習得は同じではない。




2011年10月31日

子供が喜んでいるとき、親は自分のことのように喜び、
子供に悲しいことがあるとき、親は自分のことのように悲しむ。
「自分のことのように自分以外の人の幸せや悲しみを感じるというのは
どういう感覚なのだろう」と、僕は子供の頃疑問に思っていた。

それが大人になるにつれ、自分も結婚して子供もでき、
「ああ、こういう感覚だったのか」と実感する場面が増えてきた。
妻や子供達が喜べば自分のことのように嬉しいし、
家族が辛そうにしているときは自分のことのように辛い。
自分に経験があったりすることならなおさらだ。

学生に対してもそうだ。
自分の教え子が活躍していると聞けばとても嬉しいし、
しんどい思いをしているようだと聞けば胸が苦しくなる。

でもそれとは対照的に、誰かの成功が羨ましくて仕方ないこともあるし、
誰かの失敗を聞いて安心している自分に気付き、
自己嫌悪に陥ることもある。
開き直るつもりはないが、自分にそういう暗い部分があるのは
当たり前のことなんだろう。
実に普通の人間だという証しだと思う。

けれど、他人の幸せを喜び、不幸を一緒に悲しむことが
出来る人間の方が、俺は好きなんだよな。
じゃあどうやったらそうなれるのかを考えた方がいいな。




2011年10月27日

古典的名著を情報収集のためだけに読むのも悪くない。
「説教臭いこと言いやがって。せいぜいこの程度のことしかしてないじゃないか」
と見下す読み方だってあるのだ。

逆に毎日大量生産される論文を発展の歴史と看做すのもいい。
隙間を探して「俺にやれることはもうこれしか残ってないのか」
と嘆くよりずっとマシだ。




2011年10月26日

現象や事実を紹介するだけの授業は一番しょぼい。

その現象の理由をすぐに与えてしまう授業はその次にしょぼい。

その現象が起きることが確かに不思議であると気付かせられたらだいぶまし。

一番いいのは、原因があるから結果がある、

つまり個人の力量の問題はさておき、
「物事には理由があって、ちゃんと道具が揃っていてしっかり考えさえすれば
何でそうなるかが(少なくとも原理的には)説明できる」
ということを体得させられること。

今の教育は逆なんだ。
しかもますます逆に行こうとしている。
高尚な理論を並べてもマニアが喜ぶだけ。
おもしろ実験をしても芸能人が驚く程度。

「なあんだ、よく考えさえすれば俺にもわかるんじゃないか」
ってことを伝えてこそ教育のはずだ。
そうでなきゃいつまでたっても学生が自分の足で歩こうとしないじゃないか。




2011年10月25日

君達は変なプライドが高い。高過ぎる。
恥をかけないようでは成長は望めない。
何のための若さだ。
何のための青臭さだ。

理解が遅いとか、知識が足りないとか、
そんなことはどうでもいい。
そんなことで怒る教師はいない。
もしいたらそいつを教師とは呼ばなくていい。

問題はわかってもいないくせに頷いたときだ。
その場で思考を放棄して逃げ出そうとしたときだ。
適当に相槌を打つな。
知りもしないくせに知っていたようなふりをするな。
知っていたとしても自分の理解レベルごときで満足するな。
そのために同じ間違いを繰り返すな。

わかっていたって間違いはする。
わかっていたつもりでもすぐに人は忘れる。
それはいい。それは仕方ないんだ。
徹底的に考えたか。
本当に納得してその場を去ったのか。
それを問え。自分に問え。

わかることは君達の権利だ。
紛れもなく、それは君達の権利だ。
そしてわからせることは教壇に立つ者の仕事だ。

教えを請うなら、まず誠実であれ。
相手に。そして自分の心に。




2011年10月23日

バカは見るのもやるのも嫌いなんだけど、
大バカは見るのもやるのも大好きなんだよなあ。




2011年10月20日

学生が「先生、やっぱり自分の子供はかわいいですか。」ときいてきたので、
「そりゃあかわいいよ。」と答えたら、「親バカですねえ。」と言われた。
「あのなあ、子煩悩ですね、ならわかるが、親バカですねなんてお前に
馬鹿にされる筋合いはない!だいたい目上の人間になんて口の利き方だ」
と叱った。そうしたら
「えっ、親バカって褒め言葉じゃないんですか。」という意外な答え。
「それを知らなかったり、バカっていう言葉の響きから想像できないのも
情けないし、何より先生を褒めるなんて百年早い!」とまた叱ることになった。

またあるとき学生が「今日、○○先生にキレられたんですよ。」と言ってきた。
「あのなあ、それを言うなら怒られたんですよ、だ。キレるなんて、
先生の方が頭がおかしかったみたいな言い方をするんじゃない。
しかもキレられた、なんて先生が勝手にわけわからん行動を取り出して
こっちが迷惑したみたいなニュアンスで言うな!
自分が悪いことしたから叱られたっていう表現ができんのか。」
そうしたら
「えっ、怒ることをキレるって言うんじゃないんですか。」との返答。
「キレるってことは文字通り切れてしまって前後の見境がつかなくなってるって
ことだろうが。怒るのに比べてキレるの方はまっとうな理由ナシにおかしな
行動とってるっていう意味合いだ。」と説明することになった。

語彙が少ないがために微小な差異を表現できないとか、
僅かな差を感じ取ることができないほど鈍感だということも

怖いことだと思うのだが、
何より怖いのは、そうした誤った言葉の使い方によって、

もともとの行為自体の
評価が捻じ曲がっていくことではないだろうか。
自分の子供をかわいいと思うことは当たり前のことなのに
それが「ばかな行為」だとされてしまったり、
先生が叱るべきところで叱るのはやらなければいけないことなのに
それが「頭がおかしくなった」ように捉えられたり。

それはあまりにも乱暴な議論だと言われるかもしれないが、
今の世の中をよく見て欲しい。
「子供をかわいがる→親バカ→バカな親」
という妙なルートや
「子供を叱る→子供にキレる→子供を叱ること自体が変なこと」
という曲解がないとは言い切れないのではないか。

もちろんどんなものにもやり方や限度というものがあるから、
逸脱してしまっている異常な例もあるが、
「正しい範囲で行われていること」まで貶められてしまうことも

あると思うのだ。

ではこの現状をどう改善すべきか。
地味で面倒な作業だが、学校でも家でも大人がいちいちうるさく教えていくこと、
これしかないと思う。
こういうことは学校がやるべきことで家でやることじゃないとか、
家で教えるべきことで学校でやることじゃないとか、そうではないのだ。
同じ事を複数の人間から言われるから説得力があるのだ。
皆が一斉に「うるさい大人」になるからこそ、効き目もあるのだ。

子供たちには少々煙たがられても仕方あるまい。
そんなこといちいち嫌がってたら、「大人」とは言えまい。




2011年10月19日

誰かにお前の人生を「生きさせる」な。
お前の人生なんだから
他の誰でもないお前が生きろ!




2011年10月18日

素直でないと何も身に付かへんけど、
ただ従順なのは自分で考えることを放棄してるのと変わらへん。

いちいち疑ってかかったり、考え抜いたりするのは面倒やけど、
納得できへんのに首を縦に振ったら絶対後悔すんで。




2011年10月17日

飛行機の窓から街の光を眺めていて、ふと昔のことを思い出した。
そういえば高校の頃は、夜景なんてのは所詮人工の光で、
自然が作り出す星の光に比べればなんて下らない光なんだと思っていた。
街の明かりなんてのは、ただ意味もわからず生きていて、
何かに働かされているだけの人間の象徴のような気がしていたんだ。

しかし今では、窓の明かりのひとつひとつに人間の営みがあるような気がして、
愛おしさすら感じる。

皆どうにかこうにか毎日を生きている。
意味もわからず生きているんじゃないかということは当たっていたし、
何かに動かされているだけかもしれないという感覚もそんなにはずれではなかったけれども、
でも、あの頃思っていたのとは何か違うんだ。

怒ったり泣いたり、苦しんだりもがいたり、
でもやっぱり笑いもするし、嬉しいこともある。
あの頃だってそんなことはわかっていたはずだ。だけど言えなかった。
こうやって言えるようになったってことは、
俺が成長したのか、経験を積んできたからか、それともただ焼きが回っただけか。

生きることの意味はまだわからないし、生きることに意味があるのかもわからないけれど、
守りたい家族がいて、叶えたい夢もあって、
あがいて叫んでぶつかって、そうやって生きているという質感を感じながら、
俺も毎日を生きている。




2011年10月14日

今から28年前、僕が小学校3年生のとき。
1年間の学級目標を決めることになった。
僕が直感的に思い付いたこと、その案が採用された。

「人間らしく生きる力を持とう」

自分で言うのもなんだが、9歳の子供のセリフとは思えない。
しかもあれから約30年経った今でも、いや、むしろあのときよりもっと
この「学級目標」が必要な時代になっているような気がしてならない。

あの時の僕が今の僕を見たら、何て言うだろうか。




2011年10月13日

時間も掛かって、ヘトヘトになって、
「ああ失敗だったなあ」って思ってるかもしれないけどさ、
迂回しなかったんだろ?脇道に逃げないでやってきたんだろ?

じゃあいいじゃねえか。
まっすぐ進んできたのが一番カッコいいんだから。

そりゃあびびって後ろに下がっちまったこともあるかもしれないけどさ、
ジッと前は向いてたんだからそれでいいのさ。




2011年10月12日

実感、この不確かなもの。
しかしこれに勝るほど、頼れるものもない。




2011年10月11日

鼓舞する人よりももっと先。
他者を元気にできる人でありたいと思う。

こう立て続けに何人もそれができる人に出会うと、
それができない自分はおかしいんじゃないかと感じるほどだ。




2011年10月10日

そこに答えはある!




2011年10月7日

「こんなことを勉強して何になるんだ」
とか
「2次方程式の解法なんて実生活で何の役にも立たない」
とかいう言葉をよく聞く。

誤解してはいけない。
学校で教えている内容というのは必ずしも「役に立つ」という
基準で選ばれたものではないのだ。

例えば、小学校で学ぶ四則演算などは様々な場面でほとんど全ての人に
役立つから教えられている。
これは学校の「手に職をつける場所」という側面を表したものだ。

では微分積分やベクトルなんかはどうだろう。
それらを一切必要としない仕事は山ほどある。というかそのほうが圧倒的に多い。
しかし大多数の学生は将来就きたい職業なんてはっきりは決まっていない。
その場合は、「なるべく選択肢が広くなるように、汎用性の高いものを
優先的に教えておこう」ということになるのだ。
事実、理系で(場合によっては文系でも)微分積分やベクトルを必要とする
分野は非常に多いため、将来役に立つ可能性は高いのだ。

では、志望がすでにはっきり決まっていて、それが絶対に微分積分や
ベクトルなんて必要としない職種だから、学ぶ必要はないんだという
意見はどうだろう。
「今やっている仕事では学生時代に学んだ内容はさっぱり使わないなあ」
と思ったことのない人はいないくらいなのではないか。
受験で出題されるから、学校の試験で出るから、という理由で学んだけれど、
一体あれは何の役に立ったっていうんだ、という人が大多数のはずだ。
だからこそ「学校なんてのは所詮、実社会では役に立たないような

「お勉強」を教えているだけのところさ」という意見をよく耳にするのだろう。

はっきり言おう。それは誤解だ。
実は、例えば微分積分なりベクトルなりを学校で教えている本当の理由は、
「参考例になるから」なのだ。
一体何の参考例になるというのか。
それは「目の前に新しい物が置かれたとき、それをどうやって咀嚼し、
身に付け、そして応用していくかを練習するための材料」なのである。

考えてみて欲しい。
どんな職種だろうが、やる前からその内容が全てわかる仕事なんてない。
どんな仕事もやってみるまではわからないことだらけだ。
社会に出て働くということは、毎日新しいことに出くわし、

それを何とかして消化し、
次から似たようなことが起きたときはうまく対処していくということの

繰り返しのはずだ。
毎日ルーチンワークばかりだと感じるときもあるが、実際に「全く同じ」なんて
ことはひとつもない。
その意味では、毎日新しいことを学んでいかなければならないのだ。
しかもそれは学生時代の勉強よりはるかに切実だ。
失敗すれば自分ひとりの責任問題では済まないことも多々ある。
そういう(よくよく考えてみれば)非常に厳しい条件下で、

学び、習得していく、
これが我々の送っている日々なのだ。

学校でやっていることはこういった営みの、非常に簡単化された参考例なのだ。
だから極論言ってしまえば、教える内容は何だっていいのである。
どうせならなるべく汎用性が高くて、将来役立つ可能性のあることにしておきましょう、
くらいのことなのだ。

実は受験だって仕事に似ている。
入学してから何年か後に試験があることは決まっていて、その間の勉強法は
完全に個人に任されている。
1人でやったっていい、仲間を見つけてやってもいい、先生に質問するもよし、
いい参考書を見つけるもよし、塾に通うのも自由だ。
仕事も同じではないか。
期限や納期だけが決まっていて、そこまでの方法や最終的なクオリティは
本人任せだ。
1人で片付けてもいい、仲間とチームを組んでもいい、

力のある人に外注してもいい、
本やネットを参考にしてもよいし、力をつけるためにセミナーに

通ったりするのも自由だ。
どちらも「とにかく結果を出しさえすれば、やり方は君に任せる」という点では
完全に一緒なのだ。

学生時代に、こういったことを自覚できればたいしたものだ。
この観点があれば、「無駄なことなんてひとつもない」、いや、
「無駄に浪費していいことなんてひとつもない」と気付けるのだから。
そのとき初めて、生きた学生生活になると思う。

「俺はこれの方が面白いし、どうせなら学生時代にこれを学びたいから、
ぜひ教えて下さい!」
こんなことを言ってくる主体的な学生が現れることを期待している。

君達の方から迎え入れれば全てのことが君達の力になる、それは保障するよ。




2011年10月5日

知らないところで応援してくれていた人がいて、
気付かないところでフォローしてくれていた人がいて、
いつも気にかけてくれていた人がいて、

何て言うか、俺はまだまだガキだなあ。




2011年10月3日

疲れ過ぎてどうしようもないときもある。
そんなときは背中をそっと押してくれそうな人に相談するのがよいだろう。
しかし自分を取り巻く環境を変えたいなら、
似たような境遇の人にばかり相談していても無駄だ。

思いっきり怒鳴られることも、甘い考えだと一刀両断されるのも、
あまりにも大きな自分との差に打ちひしがれることも、
全て覚悟して自分よりはるかに大きな人に会いに行け。
直接会って、肌でいろんなことを感じ取ってこい。

「自分はまだまだだった」とお前は落ち込むかもしれないが、
実際に会いに行く、そのことほどお前を成長させるものはないんだ。




2011年9月30日

直観か、思い込みか。
それとも、願望か。

始まりは何でもいい。
為したかどうか、そこにしか差はない。




2011年9月29日

境界線の中ならきっちりこなせることはもうわかったからさ、
そろそろ外へ出てったらどうだい?




2011年9月27日

満足のいく学生時代を送ってきた人などほとんどいないと思う。
社会人になって、「あのときもっと勉強しておけばよかった」とか、
「もっといろんなことに挑戦しておけばよかった」とか思う人が

大半ではないだろうか。
(かといって、昔に戻りたいと思う人がそんなに多いわけでもないと思うが)

学生を指導していると、
「自分だってたいした学生時代を送ってきたわけでもないのに、
そんな自分に学生を指導する資格なんてあるんだろうか。
それに、あまり厳しいことを課したら学生がかわいそうなのではないか。
みな同じ人間なんだし、怠けたくなるのは当然だ。」
という考えが頭をよぎることがある。

だがそこで引いてはいけないのだ。
まず、自分に出来なかったからといって、

目の前の学生達にも出来ないかどうかはわからない。
また、自分が手を抜いたことが、他の人もそうしても構わないという

理由にはならない。
そして物事には習熟し易い時期というか、旬のようなものがある。
特に学生時代は型(フォーム)とともにそういうものを

身に付けやすい時期なのだ。
(大人になってからの勉強で一番の障害になるのは、

素直さに欠けることだろう。
能力的には子供の頃とそう大した差もないのだが、

経験によって身に付けた先入観を
完全に取り払うのはなかなか難しい。

本を読んでいても、気がつくと作者との対話というより
「どうせこういうことなんだろ」と、ついつい先走って考えてしまう

自分がいる。)

人間はとても弱く、易きに流れる生き物だ。
何もしなければ、どんどん楽な方へと向かってしまう。
しかし、いつか必ずその流れに逆らって生きねばならない時がやってくる。
幸か不幸か人間には異常な力があって、今が正念場だと気付けてしまうのだ。
自分の生き方が本当に自分の望んでいるものかどうか、わかってしまうのだ。
あたかも人生とは、自分があらかじめ設定しておいたチェックポイントを
ひとつひとつ確認する作業のようですらある。

誰しもそんなに強い精神力を持っているわけじゃない。
だが、誰しもとてつもない才能を秘めている。
だから教育とは、最初は全然うまくできなかったり、

無様にすっ転んだりしながら歩んでいく、
その方向が彼らの「本心」に照らして外れていないかどうかを

根気よく見守る仕事なのだろう。

人はひとり立ちしたあかつきには自分が見守られていたことなど

すっかり忘れてしまう。
だがそれは子育てと一緒で、親としては全く構わない。
子育ての過程でした苦労など、むしろ得したようなものだ。
だがただひとつだけ、自分達に力がついて一人で歩けるようになったなら、
その力を次の世代や周りの人のために分けて欲しい。
そうすれば何のための苦労だったのか、きっとわかるんじゃないだろうか。




2011年9月26日

ラジオで山田五郎さんが「好きになるのも仕事のうち」

ということを話していた。
打算とか、それまであったいろんなこととか、

全て一旦白紙に戻して好きになる。
そして面白がる。
確かにプロってそういうもんかもな。




2011年9月23日

ひと言で言い切るっていうのは、ある視点から見たらこう見えた、

っていうこと。
その他だの、例外だのを無視しているわけじゃない。

どんなものだって大きさはあるんだから、いろんな面があるさ。
それどころかもっとぼんやり広がってるもんだよ。
だけど、いちいちそんな注釈つけたり、

講釈垂れるのは粋じゃないって思うんだ。




2011年9月22日

鍵になるのは「違和感」だ。
得意な分野に取り組んでいるとき、好きなものに取り組んでいるときは
「あれ?ちょっとおかしいな」「ん?なんか重要そうな気がする」
という、いわゆる「注意のカーソル」が無意識に働く。
逆に、苦手な分野やあまり好きでないことに対しては

なかなかそのカーソルが動かないのだ。

意識的にそのカーソルを動かせるようになるためには、
得意なことをやっているときに自分の思考パターンを確認しておくとよい。




2011年9月21日

「できる」「わかる」からこそ楽しいってこともあるけど、
充実感や高揚感を味わいたいなら
「自分のペースで、難しいことをやってみる」
のが一番じゃないかな。




2011年9月19日

大局的に俯瞰しつつも、局所的にも楽しめる能力。
老人の目と、子供の心。
強靭な精神力というより、無駄のないすっきりした感覚なんだろうな。




2011年9月18日

山の上で夜空を眺めると、星の数があまりにも多くて驚くことがある。
そこにあるのは広大な漆黒の空間でまたたく、か弱い星の光ではない。
むしろ闇を飲み込む光のうねりにすら見える。

どっちが主で、どっちが従っていうこともないんだろう。
本当にあるのは出会った瞬間に生まれた繋がり方だけ。
自分が、何をもって何を見ようとするかということ。




2011年9月16日

カナダで研究を始めた頃,研究所の仲間といるときでも

妻とは日本語で話すことが多かった。
ところがある時,それではいつまでたっても英語力がつかないし,

他の国の友達も輪に入って来れないので,
外出したら一切日本語を使わないことにしようと妻と約束した。
特に最初の頃は英語に慣れるのに必死だったので,

家の中でも英語だけを使うように心掛けたりした。
そうしたら研究所でも,どこかへ遊びに行ったときにも,

僕らの周りにだんだん人が集まってくるようになり,
向こうでの生活が楽しくなったという思い出がある。

この学校で国際連携室長という仕事をしている関係で,

この夏学生達を語学研修のためにカナダに
引率して行ったのだが,研修前に学生達にこの経験について話しておいた。
とはいえ英語研修というとうちの学生に限らず他からも

たくさん日本人学生が参加しているし,
昼間の講義でみっちりしぼられていることもあって,

日本人の間でもずっと英語を使い続けることは
なかなか大変だったようだ。
観光も含めて初の海外だった学生も多くいたから,それは無理もないだろう。

だが決して,
「日本人が多かったから英語を話す機会が少なかった」
と思ってはいけない。正しくは
「日本人が多いことを,積極的に英語を話さないことの言い訳にしてしまった」
である。

例えば国際会議などでは必ずしも日本人が多いわけではないが,
どうしても数少ない日本人を見つけてかたまりたくなる。
人数がどうこうとかいう問題ではないのだ。
(さすがにひとりになったときに日本語でぶつぶつ独り言を言っている人は
あまり見かけないが,そういう人は携帯だのパソコンだのをいじっている。)

逆に言えば,日本に住んでいても,しかも東京のような都会でなくても,
数少ないチャンスを見つけて英語を話す努力を積んでいる人はいるし,
今やテレビ・ラジオ・インターネット,そうした役に立つ道具が山ほどある。
海外の一流大学の講義だって無料で配信されているし,

英語を話したがっている人達の
コミュニティだってあるから,

スカイプでも使えば実際に海外に行かなくても練習はできる。
もちろん,「肌で空気を感じる」という一番大事な部分は

実際に行かないと味わえないが。
そして,日本にいる間に出来る限りの努力を積んでいた人が海外に行くと

グッと英語力が伸びる。
反対に,海外に行けばなんとかなるんだろうとたかをくくっていた人は,

ほとんど伸びない。
もちろん,スーパーで買い物ができるようになるとか,

英語を話す友人を作りたいという程度の
目標なら誰でもすぐ達成できることは言うまでもないだろう。
ここで言いたいのはそういう次元の話ではない。

そしてこれは当然,英語だけの問題じゃない。他の教科も全く同じだ。
日本という非常に恵まれた環境にいても,

それを生かしている人,生かせる人は非常に少ない。
テキストも揃っているし,授業にも出席できるし,

質問だっていくらでもできる。
しかし自分の経験も含め,教科書を端から全部読んだという話は

あまり聞いたことがない。
逆に出席しても寝ているのが日課という人ならいくらでもいた。
質問に至っては,質問する人が「何だ,あいつ」みたいな目で見られる始末。
何か変だ。おかしい。
国民性という言葉で片付けてしまいたくもなるが,

実際は教育システムの問題もかなり影響している。

ただ,システムという外枠はそう簡単には変わらない。

特に内側から変えるのは困難だ。
だから,先が見えている同士で集まってどんどん結果を出すしかない。
よい結果を見せるのが一番手っ取り早いし,説得力もある。
しかし同時に,「わかろうとしないやつにわからせる努力」

ってのも捨てる気はない。
内と外から一緒にやりたい。

手取り足取りやってやろう,っていうわけじゃない。
甘やかす気はさらさらない。
目の前で寝てるやつをほっといたら教師失格でしょ。




2011年9月15日

体の調子がいいときは、思いつくのと同時に行動している。
行動が先だったのか、思考が先だったのかわからないくらいだ。

どうにも抗いようのない事態に陥ることも起きるけれども、
たいていのことはそれすら考慮に入れた上で夢を見ているのだから、
そんなことはどうてもよいのだろう。

つまり「いつかやってみたい」なんてのは結局、
「今すぐやるのはめんどくさい」と言っているのと何も変わらない。




2011年9月14日

落ち着いて、最初からゆっくり読んでごらん。
な、必要なことは全部そこに書いてあっただろ。

急がなきゃいけないこともあるさ。
けど、それは焦っちゃだめなんだ。




2011年9月13日

英語を習いたての頃、発音がうまい人を見て「英語が上手だなあ」と感じる。
これが第1段階。
次にもう少し英語を学んでくると「発音なんかどうでもいい。

何を話すか、内容の方がはるかに重要だ」と気付く。
これが第2段階。
そして実際使ってみて、

「でもやっぱり正確な発音じゃないと通じないじゃないか」

と痛感する。
これが第3段階。

面白いもので、第1段階と第3段階で言っていることは似ている。
理解というのは大抵そんなもので、層をなすというか,

らせん状になっているというか、
「同じようなことを言っているのだが、深みや高さが全然違う」
ということがよくある。
趣味嗜好なんかもそうだ。
昔はまったものに久々にはまる。
ただし以前とは深さが全然違うなんてことはよくある。

学習にしても、「聞いたことがある」「知っている」「使える」

「理解している」「応用できる」「改良できる」という
それぞれでだいぶレベルが異なる。

今、うちの学校が試験期間中ということで学生諸君に一言。
君達の到達したレベルはどこでしょうか?

「人に説明できる」「自分で問題を作れる」まで行ったら合格です。
さあ、頑張って勉強して下さい。




2011年9月12日

好きな小説の中に
「やはり男は思うさま生きるべきだ」
というセリフがある。
もちろん男に限る必要はなくて,

「思うさま生きる」というフレーズがたまらない。

学生から教えられることは本当に多いわけだが,
先日は卒業生の一人で、大学4年生のヤツが会社を立ち上げたという話を聞いた。
また他の卒業生は大学3年の夏休みを使って世界一周旅行に行っている。

そういうことができるのは学生のうちだというセリフはよく聞くが,
自分が学生だったらやっただろうか。
逆に、就職して社会人になったからとか、家族がいるからとか,
冒険をしない言い訳もよく聞くが,そんなものは本当に足かせだろうか。

ある僧から
「解脱とは何か」
ときかれた禅者石頭希遷は
「誰が君を縛っているのだ?」
と答えたという。

この夏出会った人達から聞いた言葉で印象に残ったものを

いくつかあげておこう。

「対象が繋がって輪を作ったときに大きく広がる感覚」

「一旦伏せて開けることで対象がくっきりと立ちあがる」

「既存の枠組みをどうこうじゃない。先に進めばいい。スピード感を持って」

「重々帝網。関係性が全て」

小学生の頃のような毎日がわくわくする感じ。
それが久々に味わえた夏だった。
こういうのを「夏休み」っていうんだよな。




2011年4月11日

先に動くことにした。
遠慮が美徳だと思っていたのは自分だけだ。
こっちが動き出すのを皆待っていたんだ。




2011年3月30日

矢面に立つ。ただそれだけ。




2011年3月20日
群馬県自然史博物館にてはやぶさ帰還カプセル展連携講座として
「宇宙はどうやって始まったのか?~相対性理論から超ひも理論へ~」
というタイトルで一般講演を行いました。
こういったさなかにもかかわらず多くの方がご来場下さり、
宇宙物理や素粒子物理への関心の高さを改めて痛感するとともに、
今の日本の状況を踏まえ、科学者の一人として、
果たすべき責任に対して身の引き締まる思いがしております。




2011年2月18日

「向上心とは希望である」
確かに、自分を磨き続けている人達の目は輝いている。

僕の恩師は、
「道を追求している間はずっと曇り空だ。
 一瞬晴れたと思ってもすぐまた曇る。
 道を究めたいなら、それでも突き進む覚悟を決めなさい」
と僕に言った。

そして同時に、
「だけどね、雲の上は必ず晴れているんだよ」
とも教えてくれた。

上を向いているやつにしか、雲の上は見えてこない。
達人なら「雨に月を想う」ことまでできるのだろうが、
今のところは曇り空でも笑えたらよしとするか。




2011年2月13日

今までに自分が成し遂げてきたことを分析すれば、
自分が世界に影響を与えたり、歴史に名を残すようなことなんか
とてもじゃないけれどできないと思ってしまうかもしれない。
だけどな、世の中本当に何が起こるかなんてわからないんだ。
これまでの価値観なんか全く当てにならないんだ。

だから僕は学生に
「先生、俺にもそんなすごいことができるんですか?」
って聞かれたら、
「当たり前じゃないか。お前にもできる。
踏み出すか踏み出さないかだけだ」
って胸を張って答えている。

胸を張って答えるからには自分もその身の程知らずの夢を
ずっと追いかけ続けなきゃいけない。
そりゃあ辛いかもしれないが、先へ進むこともなく、
今持っている力のみで生きていくのは俺にとっては死んでいるのと
何も変わらないんだ。

嬉しかったのは同僚の先生が、学生にその質問をされたら
どうします?という僕の問いに
「諦めたら終わりだぜ、って答えます」
と言ってくれたことだ。

また別の同僚の先生は、
「学生がやる気を出すには結局、学問を職業としている我々が
とにかく楽しそうに仕事をしていることだ。せっかくだから
この際ノーベル賞でも狙ってやりますか」
と微笑みながら言ってくれた。

さて学生諸君、まだ10代や20歳そこそこの君達が、
俺達先生に夢のデカさで負けてていいのかい?




2011年2月10日

肘、外に曲がらず




2010年10月13日

オリジナリティとは何か。独創性とは何か。

他人の仕事に「オリジナリティはあるのか」と批判する人に限って、
その言葉が持つ意味を深く考えていないことが多い。

例えば、キャスターという装置がある。
椅子などの下に車輪の主軸をずらして付けたもので、このずれによって
前後左右いろいろな方向に進むことができる仕掛けだ。
もちろんこれは、車輪から派生したものである。
だからといって、キャスターは車輪の模倣だからオリジナリティがないと
いえるだろうか。
もしそうなら、車輪の原型は地面に並べた丸太で、その上で重たい荷物を
転がしていたのだから、極論つきつめれば丸太以外はオリジナルではない
ということになる。
しかしこれに賛同する人はあまりいないだろう。
事実、車輪やキャスターの発明によってどれだけの世界が広がったことか。

明石散人氏が言うように、オリジナルとは
「分岐点」を作ったかどうかで判断すべきなのだろう。
「ルールを変えて新しいゲーム」を提案したどうかといってもよい。

氏が例としてあげたように、日本の将棋は西洋のチェスや
中国将棋・朝鮮将棋とは決定的に違う部分がある。
それは「駒の再利用ができる」というところである。
この新しいルールのために手の数は圧倒的に増え、そのために
チェスなどと違ってコンピューターが名人に勝つことを非常に難しくしている。
この意味で、駒の再利用は単なるルール変更というより、
新しいゲームを提案してしまったという方がふさわしいほどの変革をもたらしている。
ここがオリジナルなのだ。

そもそも我々はほとんど似通った身体構造をしているから、
発想が似るのは当たり前である。
仮に我々が時速100キロで走れる体を持っていたら車は全然違った形に
進化することを要求されてきただろうし、我々が平均身長10メートルだったら
建築物もこんな形に進化を遂げたりはしないだろう。
私達が脳という体の一部を使って物事を考える以上、
パッと思いつく程度のことは大抵どこかの誰かも思いついてしまうのだ。
だから分岐点を作ることも並の努力ではできないし、
たくさんの人が積み上げてきた石組みの最後の1個を乗せることだって
ものすごく難しい。
ではどうやったら分岐点を生み出せるのか。

ちなみに、分岐点かどうかを判断する手立てはある。
それは one input, one result になっていないかどうかだ。
昔から、誰が銅でやったことを鉄に変えただけの仕事を
「銅鉄論文」などど揶揄するが、これその仕事が one input, one result に
なっているということを批判の対象としている。
つまり、「ある条件を一つ変えて試してみたら、結果もそれに応じて
一つ変わった」という仕事だというのである。
そういう仕事には「そりゃそうでしょ」とか「そんなことやる前からわかってたでしょ」
という批判が浴びせられる。
これに対し、分岐点となる仕事というのは one input, many results である。
たった一つ前提を変えただけで、様々な結果が得られるもののことだ。
やった本人にも予想できなかった結果が含まれていることも多い。
結局、分岐点とはまさに字のごとく、様々な結末を用意できる点のことなのだ。
オリジナルと後に評される仕事とは、このようにたくさんの別れ道を
作る仕事のことで、今まで進んできた道をただ右や左に曲がったら別の地点に
つきましたというのはオリジナルでも何でもないわけだ。

では問題は、どうやってその分岐点を作るかである。
分岐点を提供するためには「まだ誰も見ていない世界を予想」しなくては
ならない。
そこでは「役に立つ」かどうかという判断基準は意味をなさない。
なぜなら「役に立つ」というのは目の前に見えているものから
生み出される基準だからだ。
そのため、「外部が存在していること」をちゃんと想定できるかどうかが
鍵になる。
目に見えているのは全体のほんの一部であって、目に見えていない部分の
方がよっぽど大きいということに思い至らなければならない。

次に、その上で、目に見えているものの全体を泳ぎきるしかない。
その世界の縁まで泳いで行って、その先にはまだ何もできていない
ことを確認しなければならない。
ただし大抵は、そこまで泳ぎつくどころか、自分が想定した枠がそもそも
目に見えている世界より小さいことが多い。
だから目に見えている世界の縁に行きつくこともなく終わる。
それよりはマシな場合でも、自分が想定した枠と目に見えている世界がちょうど
一致している程度だから、外の世界があるとは思いもよらない。
だから目に見えている世界の中でウロウロする。
しかしながら、人間には行ったことがなくても世界が広がっていることや、
過去や未来のような時間的な外部も存在することが意識できるのだから、
できる限り大きな枠を想定することは不可能ではないのだ。

想定ができた後は、その目に見えている世界を泳ぎ切る過程で、
「実体験を伴わない体験」をすることになる。
つまり、ただ本や論文で学んだだけで、実際にはまだ何もしていない
段階のことである。
この状態は「お勉強に過ぎない」と批判されることも多いが、
実は目に見えている世界からその外へ飛び込むときや、そもそも
目に見えている世界の端へと突き進むときにもこの状態が一番いいのだ。
なぜなら、実体験は必ず足かせになるからだ。
実際に経験してしまうと、そこにレールがひかれてしまう。
どうしても前例は軸の延長方向を示してしまうのだ。
ましてやそこに成功体験があるならなおさらである。
人は経験した分だけ、臆病になる。
目に見えている世界を渉猟する際に、どれだけ「妄想」のレベルで
留めておけるか、これが勝負の分かれ目である。
そのためには常に不満を抱えておくことも大事だろう。
これでいい、ここでいい、と思ったら終わりである。
ある意味、ずっとミーハーであり続けるべきなのだ。
やりこみながらもそこに執着しない。

そのために一番大切なのは何か。
意外に感じる人もいるかもしれないが、おそらくそれは体力である。
一方向でもいいから、見えている世界をまずは泳ぎ切らなければ
ならないからだ。

そうはいっても自分は意思が弱くてそんなことはできないと感じるは多いだろう。
だがそれは大きな問題ではないかもしれないと思うのだ。
実は意思の弱ささえも自分の身体的特徴からきているのではないか。
発想と同じで、身体的特徴に制限されて我々は生きている。
おそらく意思の強い弱いもその程度のものなのだ。
だから意思を強くするには「同じ姿勢を続けていられる」ように
体を整えるしかない。
物事が長く続かないときは単に寝不足だったりすることも多いのだ。
仕事をするとき、おそらく大抵の人は椅子に座ってデスクワークをするだろう。
そのとき如何に血流を滞らせず、すっきりしたままキープできるかが勝負だ。
となると軽いスクワット、長時間続けずに休憩する、席を立って伸びをする。
こんなことが物事を持続させるコツなのだ。
仕事の前の軽い掃除もよい。
部屋がすっきりしていると環境に乗っかることになって、頭も冴える。
ただし人は3分以上は掃除をしても疲れて惰性でするだけになるので、
たった3分に留めておくことが肝心だろう。

というわけで、真にオリジナルな成果を上げるためには仕事の前に3分以内の掃除をする
という、妙な所に着地してしまった。
自分も「分岐点」と呼べるほどの仕事をしたことがないから
(右や左に曲がるだけでもまだ苦労している)確信と呼ぶまでにはならないにしても、
意外とこれは真理ではないかとも思う。

さて、ここ10年で日本には多くのノーベル賞が贈られているが、2008年に受賞した
益川さんや下村さんがテレビのインタビューや新聞で指摘していたように、
それらは20~30年前の業績であり、我々のような世代の科学者が頑張っている
証拠にはならないということを肝に銘じておきたい。

日本がこれまでの「ものづくり」国家から脱却して「コトづくり」国家へと
前進するために必要となるオリジナルな研究をしなければなるまい。
いまどきの若いもんが活躍しなければ次世代の子供達がついてくることなど
あり得ないし、新時代のための設備投資をしてこなかったために、
このままでは科学は日本のお家芸ではなくなっているという事実が
近いうちにもっと恐ろしい形でこの国にのしかかってくるだろうから。




2010年7月12日

ある人が言うように、選択肢から「危険なもの」を消せないのは、
「危険」そのものが持っている魅力にひかれていることもあるが、
「できることならむしろそちらに進みたい」と思っているからだ。

ならばそっちへ進むしかない。
その選択肢を消せる「正当な」理由なんて見つからないんだから。




2010年6月16日

「これでも昔よりはだいぶマシになった」か。

下らねえ。
「これでいい」「このままでいい」わけねえだろ。
誰よりも自分が一番よくわかってるはずだぜ?




2010年5月11日

「やる気を出すにはどうしたらよいか」
と学生からよく尋ねられる。
どの学校でもこれは大きな問題なのだろうし、大人の世界でも
様々な職場で問題になっているようだ。
というより、全ての人に共通の普遍的問題なのだろう。

学生諸君、実は皮肉なことに、やる気というものは
スタート地点ではなくゴール地点で得られるものなのだ。
多くの場合、その順番の認識が間違っている。
つまり、意地の悪いことに、ゴールにたどり着いた達成感こそが
やる気を生み出すのだ。

だからむしろ、人にスタートを切らせるものは「やる気」ではなく、
義務感や責任感、もしくは「何も考えずにやってみた」というような
良い意味での「無謀さ」「軽はずみさ」なのだ。
やる気によって人はスタートするのだと勘違いするから悩むのだ。

そもそも人は常に無理して生きている。
物を食わなければ死んでしまうし、休みも必要だし、
ちっとも「自然に」なんて生きられない。
「自然体」などと言っても、実はそんなに自然でも何でもない。
何のエネルギーも消費しないで生きることなんてできないからだ。
本当の意味で「自然に」やるというのなら、死んでいる状態の方が
よっぽど安定していて自然なのだ。

だが、そうやってある意味自然の摂理に逆らって
「無理に」生きているから世の中は面白いんだ。
無茶しているからとんでもなく素晴らしいものが出来上がるんだ。
そこにあるのは「諦観から始まる冒険」であって、「やる気」ではない。
全ての人間が、最初から無茶は承知で生きているんだから、
しんどいのは当然だし、人生がやらなければならないことの
連続になるのは当たり前なんだ。

だから、「やる気を引き出す」なんてことはこの際諦めて、
人間の宿命を引き受けてやろうと覚悟を決めたらどうか。
どうせなら無茶しまくってやろうと決めたらどうか。
全力でバカをやろうじゃないか。
熟慮しようが、瞬間に判断しようが、成功率はそんなに変わらないぞ。




2010年5月9日

学生から将来の進路について相談を受けていたとき、
以前どこかで聞いた
「準備万端整ってから出発することを挑戦とは呼ばない」
という言葉が口をついて出てきた。

きっと心の奥で長い間自分にも言い聞かせていたのだ。

よし、そろそろ始めよう。
いつでも機は熟している。




2010年2月12日

不思議だと思わないなら、無理に解く必要などない。




2010年1月30日

世界がどうなっているかを知りたいのではなく、
世界がどうなっていて欲しいかでもなく、
世界がどうなっていて欲しいと自分は思っているかを知りたいのだ。

ある人は言う、
「アインシュタインは『自分が死んだら粒子になる』と言ったのですが、
われわれは死んだら粒子になるのではなく、
自らが考えた何かになると言うべきです。
われわれがどういう想像で自己を超えるかということです。」と。

よし、やっぱりこの道でいいんだな。


2009年10月23日

子供はもちろんのこと、大人であっても
「何を言うか」よりも「誰が言うか」の方が重要であったりする。
むしろそういったことの方が多いかもしれない。

つまり、「憧れの存在」になれるかどうかが鍵なのだ。
読む気がなければ本を開くことがないのと同様に、
学ぶためにはまずは余地を空けなければならない。
スペースがなければ物事は入りようがないのだ。

自分の言葉に学生がスペースを空けるかどうか。
学生にとって自分は「憧れの存在」であるかどうか。
「あの人のようになりたい」と思わせるだけの感染力はあるか。




2009年9月25日

例えば君が誰かから、掛け算のメカニズムを教えてもらえず、
何をやっているのかを聞くこともできずに、
「2×1=2, 2×2=4, 2×3=6, ... , 2×9=18」
をただ丸暗記しろと言われたとしよう。
ものすごく退屈だろうけれども、おそらく君は暗記できてしまうだろう。
この程度の数字の羅列、漢字の勉強より簡単かもしれない。

しかも、もし君が
「じゃあ2×10は?」
と聞かれたら、「20」だとわかってしまうのではないだろうか。
2, 4, 6, ..., 16, 18 ときているのだから、たぶん次は20だろうと予想できてしまうからだ。

では、
「じゃあ 2×453 は?」
と聞かれて君はすぐに答えられるだろうか。
もちろん、もし君が掛け算とは何をしている計算なのか、そのメカニズムを知っていれば
答えられる。
仮にメカニズムを知らなくても、2×1から順番に453まで書きだせば、2×10を当てた時と
同じ要領で答えの当たりがつくだろう。

問題なのは、
「じゃあ、3×453は?」
と聞かれた場合だ。
この場合は、結局自分が何を計算していたのか、そのメカニズムがわかっていなければ
おそらく答えが出せないのではないだろうか。

学生諸君、君たちがおぼろげながら夢見ている研究者・技術者というのは
この「3×453」を求めようとしている人達なのだ。
つまり、「今自分が何をやっているのか」を明確に理解している人達なのだ。
そうでなければ新しいことなどできるわけがない。

最初は誰でも真似から入る。
(むろん、厳密な意味でのオリジナリティなんてものはこの世に存在しないから、
その意味では全てのことが「真似」だ。だからオリジナリティなんて言葉に
こだわるのは実に下らない。日本はその手の「言いがかり」をつけられることが
多いが、気にする必要はない。重要なのはいつだってルールの拡張なのだ。)
誰かの作品を全く真似てみるのは、追体験することで中に隠れたメカニズムを
自分のものにしたいと思っているからだ。
批判的に真似ることもあるが、多くは同化のために真似ている。
だから、「真似ることでメカニズムを修得できない」のなら、その真似は時間の無駄なのだ。

君達は今、先人達が長いこと掛かって築き上げてきた学問を目の前にしている。
それをどういう姿勢で自分の中に入れるかは君達の自由だが、
ただ知識として頭に入れても、電話番号のリストが増えていくだけだ。
意味もわからず電話帳ばかりが厚くなるのがいやならば、
自らの手でブラックボックスを開けてみなさい。




2009年9月17日

人は2度目で価値が決まる。




2009年8月10日

「やさしい天才」か。
かっこいいなあ。




2009年6月17日

素直で謙虚な「身の程知らず」たれ!




2009年1月18日

人は、生きてきたようにしか死ねない。




2007年10月25日

迷うな。
時間の無駄だ。




2007年10月24日

科学が世のため人のために役立つべきかどうかという議論は全くもって不毛だ。
何が本当の進歩で、何が本当に役立つものかなんてそもそも誰にもわからない。
わかるのはせいぜい、「こうなったら便利だ」程度のことじゃないか。
一瞬先のことですら、誰が予想できるっていうんだ。
あれは進歩で、これは退化だと誰が判断できるんだ。

「我々は税金を使って研究させて頂いているんだから、世の中の役に立つ研究をするべきだ」
このセリフを吐きたかったら、もっと苦労してからだ。
世の中に苦しみあがいている人達がいることを身をもって知ってからだ。
他人の痛みを自分のものとして受け止められないやつなんかに、
本当の進歩なんかわかるわけないだろう。
近視眼的な「役に立つこと」を追い求めてどうする。そんなものを盲目的に信じてどうする。

大事なことは、何が役に立つかじゃない。
それ以前のことだ。
他者の悲しみに一緒に涙を流せるようになること、他者の幸せを一緒に喜べるようになることだ。
それができるようになって初めて、自分のしていることがどんな意味を持つのか議論する資格を得る。

人の痛みに気付ける人間なら、たとえ個人の興味だけを追求したとしても、
必ずそれは「役に立つ」ところに行き着くようになっている。

結果が重要だとか、いやそこに行き着くまでの過程のほうが重要だとか、どっちも不正解だ。
いつだって一番大事なのは動機だ。




2007年7月13日

向いているとか向いていないとかいうことは、
その対象が「好きだが、やってもやらなくてもいいこと」
であるときには問題になるだろう。
「好きでもなんでもないが、やらなければならないこと」
の場合は向いているとか向いていないとかそんなことは言っていられない。

常に悩み、問い続けてきたのは「このやり方でいいのか」ということであって、
「自分はこれがやりたいのか」とか「自分にはこれが向いているか」とかではない。
どんな道でもいいが、大成した人が
「自分にこの仕事が向いていると思ったことはない」
と言うことがよくある。
これはこれで含蓄のある言葉ではあるけれど、
僕が問題にしてきたのはそういうことではなかった。
だから、悩む。毎日のように襲ってくる。

このやり方でいいのか。もっと適した方法があるんじゃないのか。
まだしっくりきていないんだから、他にやり方があるはずだ、と。
いっそのこと、「好き嫌い」や「向き不向き」だけで判断する道に逃げたくなる。
しかし、そこへ逃げることこそ、自分が一番嫌っていることなのだ。

だから、もがく。
もがいてもがいてもがいて、それでも前には進んでやる。
前に、ずっと前の方に、明かりだけははっきりと見えているんだ。
だから行き先は間違っていないはずだ。




2007年4月5日

高校時代、こんなことを考えたことがある。
もし仮に、誰かを殺したとする。
殺されたその人の死を悲しむ人をまた殺したとする。
そしてさらにその人の死を悲しむ人を殺す、ということを繰り返していって、
全世界の人を殺しつくす前に、どこかでその連鎖が終わることがあるのだろうか、と。

殺し続けていれば、いつかそれが僕に巡ってきて、
僕が殺されて終わる、ということならあるかもしれない。
しかし、それはこの連鎖の終わりを意味しない。

友人のジャーナリストから聞いた話だが、ある人の死について取材していたとき、
取材した人の全てが、その人の死を悲しんでいないということがあったのだそうだ。
しかし、そんな場合でも、僕の友人がその人のことを哀れんでいた。
悲しみと哀れみという感情が異なるということは、この際どうでもいい。
大事なのは、人は必ず「繋がる」ということだ。
人は動物とも交流できるし、植物に生命の意思を感じ取れないなんてのは、
鈍感以外のなにものでもない。
我々は、石ころにも魂を感じてきた。
もっとはっきりと、その繋がっているさまを、浮き彫りにしたい。




2007年2月28日

商量…くらべはかること。禅における問答のこと。
    一旦、自分の見解(けんげ)を離れて考えてみること。


何かに向かう前に、何故自分はそれに惹かれてしまうのか、見つめてみる。

どうして僕は宇宙の始まりや、重力のことが気になってしまうのだろう。
いろいろある選択肢の中で、何でこいつらが引っ掛かったのか。
宇宙のことが気になりだしたのは小学生の頃。
最初は星座。すぐに星座にまつわるギリシャ神話の世界に虜になった。
そのためか、星よりもむしろその周りにある漆黒の舞台に引き込まれていった。
だから最初は哲学者になろうと思っていた。
自分とは何か、世界とは何か、そんなものを追うには哲学なのかなと漠然と思っていたからだ。

相対性理論という名前を聞いたのはいつだったろうか。
きっとブラックホールという名前と共に聞いたのだと思う。
子供心にも、「あ、これはすごい」とわかった。
当たり前だ。だって実際すごいんだから。
そして相対性理論の「相手」、重力や宇宙の始まりが心に引っ掛かったのだ。
自分とは何か、世界とは何かに対する答えとして。

重力相互作用とその他の相互作用が統一されて究極の理論が出来たとしても、
これらの問いに対する答えは出てこない「はず」である。
それは我々の構成物質がわかったに過ぎない。
心や意識はもっと別のところに「浮いて」いる。
だからこそ脳科学やロボット工学が発達して、別の方法でそうした問題にアプローチしようとしている。
それは納得しているのに、何故僕は重力を、宇宙創生を調べるのか。引っ掛かってしまうのか。

身体は思いのほか脳を規定している。
身体は重力に浸される。
ならば脳と重力は。

心を持たない、物質だけで構成されているはずの宇宙の1ページ目、
開いてみたら「心」がぽっかり浮かんできてもいいじゃないか。

ペンローズでなくたって、疲れた脳がたまにこんな願い事を言うことくらいある。




2007年2月14日

NHKスペシャル・ラストメッセージ 第2集「核なき世界を 物理学者・湯川秀樹」より

核廃絶を目指し、世界平和のために戦った湯川秀樹さんの言葉。
「世の中には目の前のことしか見えない人がいて困る」

よく世間は、「学者は理想ばかり言っていて現実を見ていない」などというが、
それに当たらない人達もたくさんいる。
現実と向き合うための手段として学問を選んだ人は多いし、
現実が見えすぎてしまった人もいる。
きっと湯川さんほどの人なら、世界を変えていくのがどれだけ厳しいことか
本当によくわかっていただろう。

「現実」という言葉を思考停止の言い訳に使っている人達は、
見えすぎた人達がそれでも諦めずに理想を追っていく、
その姿を刮目して見るがいい。
僕の尊敬するある医師は、
「自分の仕事は、洗っても洗ってもすぐ煤で真っ黒になる煙突掃除のようなものだ」
と言った。そして、
「普通には幸せそうに見える人も、自分には焼け爛れて苦しんでいる瀕死の病人に見える」
とも言った。
そうだ、残念ながらそれこそが現実なのだ。
一般に言われる現実なんかよりも、それは遥かに暗く、重い。

だが、司馬遼太郎さんが湯川秀樹さんに言っていた言葉、
「ずいぶん平和ばかり言ってこられましたなあ。
 でも言い続ければ、動くときがありますね」
これもまた真実だ。
だから悲観しない。
見えすぎる人達は一方で、究極のオプティミストでもあるのだ。

湯川夫人・スミさんの言葉がそれを物語っている。
「秀樹さんは、世界平和のことを話すと、顔がパアッと明るくなるんです」




2007年2月10日

かっこええやつは、何やってもかっこええ。
ださいやつは、何やらしてもださい。

せやから、しょうもないやつに任せといたらあかんねん。
おもろいやつにしか、おもろいことはできへん!




2007年2月4日

原理的に、言葉で表現することが出来ないのか、
それとも、個人の力量のためにうまく表せないだけなのか。

自分に力が無いだけだったり、勉強不足で知識が無いだけなのに、
「これは言葉では表現できない世界のことだ」などと言い訳してはならない。
だがもちろん、自分が今知っている「言語」のみが、
世界を決めるものではないということも、了解しなければならない。

それを自覚した上で、不立文字すら超える
本物の「言葉」を創りたいと思う。




2007年2月1日

「小生の研究はただ自然があるのみです。
 古今東西の芸術家の後を追い、
 それらの作品を研究、参考にするのではありません。
 名画展を見に行くひまと費用があれば、
 山の雪の中、野の枯草の中に歩きにゆきます。」

この言葉を残した高島野十郎は、
東京帝国大学農学部水産学科を主席で卒業後、
約束された将来を捨てて画の道に入り、
師につくこともなく、一切の団体にも所属せずに
一人で「自然」を追求し続けた孤高の画家である。

学問における優秀さや、芸術の才能、
そして何より一人で戦い続ける精神の強さなど、
どれも僕では足元にも及ばないが、
彼が追おうとしたことと、僕が求めているものが
同じなのではないかと感じるのだ。
もしそうだとすれば、ここまでの「切実さ」が僕にも
求められているということか。




2007年1月31日

いそのかみ ふりにし御世に ありといふ
猿(まし)と兎(をさぎ)と狐(きつに)とが
友をむすびて あしたには
野山にあそび ゆふべには 林にかえり

かくしつつ 年のへぬれば ひさがたの
天(あま)の帝(みかど)の ききまして

それがまことを しらんとて
翁となりて そが許(もと)に よろぼひ行きて申すらく

汝(いまし)たぐひを 異(こと)にして
同じ心に 遊ぶてふ
まこと聞きしが 如(ごと)あらば

翁が飢をすくへとて 杖を投じて 息(いこ)ひしに
やすきこととて ややありて
猿はうしろの 林より
栗(このみ)ひろひて 来りけり

狐は前の 川原より 魚をくわへて あたへたり
兎はあたりに 飛びとべど
何もものせで ありければ
兎は心 異なりと ののしりければ はかなしや

兎はかりて 申すらく
猿は柴を 刈りてこよ
狐はこれを 焚きて給(た)べ

言ふが如くに なしければ
炎の中に 身を投げて
知らぬ翁に あたへたり

翁はこれを 見るよりも 心もしぬに 久方の
天をあふぎて うち泣きて
土にたふれて ややありて
胸うちたたき 申すらく

いまし三人(みたり)の 友だちは
いづれ劣ると なけれども
兎はことに やさしとて

今の世までも 語りつぎ
月の兎と いうことは これがもとにて ありけると
聞く吾(われ)さへの 白袴(しろたえ)の
衣の袖は とほりて濡れぬ

-良寛 『三人(みたり)の友』より




2007年1月30日

質問です。
あなたは幸せですか?

次の質問です。
この世の全ての人が幸せだと思いますか?

ではもう一度お聞きします。
あなたは幸せですか?




2007年1月29日

客観性という名の、共感の抽出を試み続けてきた科学では感動させることが出来ず、
自身の満足だけを追い続け、心を抉り続けてきた芸術にこそ、人は感動を覚える。
皮肉なものだ。
いや、それこそが、自身の中にのみ答えがあるという証拠か。

まて、我々が涙するのは作品そのものではなく、生き様ではないのか。
だとすれば、今の科学に携わる人間の生き様が、涙するに値しないものだということなのか。
もし、俺の涙が涸れてしまっているだけにすぎないというのなら、
どうかお願いだから、皆が涙するものを見せてくれ。

俺の求めるものが、「夢の実現」程度に終わらないものであらんことを。
最も辛い部分と真摯に向かい合った、魂を震わせるものであらんことを。




2007年1月5日

真っ暗な空間は大きな壁で囲まれていて、
その壁の内側に膜を隙間無く貼り付けようとしている。
まだ壁には触れていないし、
持っている膜には皺が寄っているから、
うまく貼り付くこともないだろう。

存在ばかりがわかって、
「そうまで言うなら、じゃあ、どうなったらよかったと言うんだ」
と問い掛けてみても、返事が返ってきたためしはない。

昔、それを見たことがあるような気がするのはどうしてだろう。




2007年1月3日

取り繕うな。
自分に正直であり続けろ。




2006年12月17日

見えないからといって、目が口を笑うことはない。
喋れないからといって、口が鼻を笑うことはない。

目が、鼻が、口が、全ての器官が一緒になって協力する。
そのためにはまず、ひとつの体で繋がっていることを知らねばならない。

人間同士も、そう。

2007年1月14日追記:
 文章を一部修正。友人S君、指摘してくれてどうもありがとう。)




2006年12月13日

感動して泣いた。

先日まで友人が仕事のため一週間ほど僕の住むウォータールーに来ていて、
毎晩、彼と僕達夫婦とで夕食をしながら語った。
週末には僕の家に泊まりに来てもらい、時間を忘れて喋り続けた。

彼が日本に発ってから二日経ち、
僕はパソコン机に置いてある計算用紙を取ろうとしてそこに何かが挟んであるのに気が付いた。
それは彼が残した置き手紙だった。
友人にはこの部屋に泊まってもらっていたのだが、いつの間にか置き手紙を残していたのだ。
そこには僕ら夫婦への感謝の言葉と、
僕らから受けた気持ちはお金に変えられないのはわかっているけれど、
置かせて下さいと書いて、夕食をうちでごちそうになった分だとお金が挟んであった。

手紙には、こんなに楽しい出張は今までなかったこと、
またウォータールーにやってきたいということ、
そして、僕への言葉が書かれてあった。

僕は久々に昔の友達に会うことができ、
しかも彼が大学の同じゼミで共に物理学を学んだ仲だったこともあって、
今僕が悩み苦しんでいること、
そしてそれでもその先におぼろげながら見えている何かがあることを話せた。
置き手紙には、そんな僕に対する彼からの励ましの言葉が書いてあった。
本当に嬉しかった。
自分の文章力が拙いのがもどかしいが、もうそうとしか言いようがない。

それにしても、どうして僕の友人にはこんなにかっこいいやつが多いのか。
「あとは自分を信じて行動できるかどうか、それだけだ」
こんな言葉を言える、それが僕の友人だ。




2006年12月12日

僕が言われた言葉で忘れられないもののひとつに、
「そりゃねえだろ」
というものがある。
これは中学のときに友達の1人から言われた言葉である。

当時、委員長をしていた僕は、ある学校行事の準備を仕切っていた。
そのとき、ふざけていて仕事をしていなかった何人かの委員に僕は注意をした。
彼らはすぐに態度を改め仕事に集中してくれたのだが、
何がきっかけだったか、しばらくして今度は僕がふざけて仕事に集中しなかったことがあったのだ。
そのとき彼らの1人から言われた言葉が
「そりゃねえだろ」
だった。

言われた僕は本当に恥ずかしさでいっぱいだった。
自分が委員長だったという立場云々よりも、
人には意見しておいて、自分がそれを守らなかったということを心から恥じた。
彼らには平謝りに謝り、何とか許してもらったことを覚えている。
「そりゃねえだろ」
という言葉と、あのときの呆れたような友人達の表情は今も忘れられない。

人はなかなか約束を守り続けられないし、
信念がない人に至ってはその場の都合だけで言葉を発するから、
真剣にその言葉を信じて守ってきたこっちが損をしたような気分になる。
「俺にはそんなこと言っといて、自分はそうするのかよ。そりゃねえだろ。」
という気持ちを味わったことのある人は山ほどいるだろう。
これは、子供が大人に
「子供はもう寝なさい。」
と言われて
「何で大人ばっかり(起きていていいんだ)」
とふてくされるのとはわけが違う。
そしてまた、時代や状況と共に最善の道は変わっていくから、
以前は最適解だったことが今は最適とは限らなくなってしまった、というのとも違う。
確かに納得のいく事柄だったから守ってきたのに、
それを言っていた張本人が守ってくれていなかったことに対する憤りである。
そこには裏切られたという怒りだけでなく、

人はこうまでも弱いのかという寂しさが入り混じる。

言葉というのは本当に重いものだ。
ここにいろんな文章を書き続けるのは、正直言って、怖い。
間違ったり、文章などの未熟さを笑われるのは仕方ない。
これは覚悟の上だ。
指摘してもらうことも出来るし、技術の未熟さは磨いていけばいい。
一番怖いのは、ここに書いていることを自分が守れなくなることである。
嘘はつきたくない。いや、嘘にしたくない。
自分程度の人間には達成できないかもしれない、高い理想も掲げている。

だが一度言葉を発した以上、守り続けねばなるまい。
「人は弱いものだ。だから仕方がないのだ」
という言葉は他者に対して発しても、自分に対しては言うまい。
これは、自分をがんじがらめにしているのでは決してない。
自分の可能性を信じているからこそ、こう決めるのだ。




2006年11月26日

いじめの問題についてさらにもう少し書いておきたい。
いじめた子には授業に出席させないという案が出ているらしいが、
先生はその子等とちゃんと語り合ってくれるのだろうか。
不和の元となる人間を隔離するのはひとつの手かもしれないが、
大事なのはその子達にいかに自分のしたことが恥ずべきことかを自覚させることだ。
たとえ罰しても、それが悪いことだったと自覚するとは限らないはずだ。

そして、いじめられている子達に「勇気を、勇気を」というメッセージ。
理不尽な理由でいじめられ、挙げ句の果てに勇気を持てとまで言われたんでは
踏んだり蹴ったりだ。
彼らは勇気が無いんじゃない。
人を傷つけたくなかっただけだ。
死ぬ覚悟がある子なら、噛み付くことだって出来たのだ。
だが、彼らはそうしなかった。
噛み付くことよりも、自らが死ぬことを選んだ優しい子達だったのだ。
彼らの優しさに気付いてあげられなかった、周りの我々の鈍感さこそ、

非難されるべきではないのか。
相談する勇気だと?
親が、教師が、相談されるまで子供の気持ちがわからないとはどういうことだ。
悲しそうな表情や声に気付くのはそんなに難しいことか?

2006年12月10日:追記
恐喝・暴力などの犯罪を行っているものを出席させないのは当然であろう。
それは最早いじめではない。

いじめ問題の背後には、いろいろな社会的問題があると指摘する人もいるようだ。
それが仮に事実だったとしても、突き詰めれば精神の荒廃が原因であることは
否定できない。




2006年11月24日

ここカナダにいても、ネットやテレビで日本の状況はある程度知ることが出来る。
様々な悲しい事件が起きているようだが、日本にいる友人と、最近のいじめによる
自殺についてメールでやり取りする機会があった。
その友人に僕もここに自分の意見を書くと約束した。
僕が書くことがどれだけの効果があるかはわからないが、足掻くことで何かを動かさなければなるまい。
仮にいじめによる自殺が収まったとしても、そもそも一連の事件は氷山の一角に過ぎず、
水面下にはこの何倍ものいじめがあるはずだからだ。
しかも、こういったことは何も学校や子供達の中だけで起きていることですらない。
社会の様々な場面で、人間の卑しさをむき出しにしたこういう問題は多く存在している。

まず、いじめを行っている連中に言う。
恥を知れ。お前らは何様のつもりだ。
それだけ自分の品性の卑しさ、人間としてのレベルの低さをさらけ出して、
それでも自分がまともだと思っているのか。勘違いも甚だしい。
自分が愛情を注がれず育ち、何の尊いものも持たない哀れな存在だと皆に見せるのは
いい加減やめてくれ。
そんな風に見せつけなくても、お前が下らない人間であることぐらいよくわかる。
十分にお前らは臭う。そして見苦しい。
俺はお前らを張り倒したくてしょうがない。理屈なんざどうでもいい。
理不尽と言われようが何と言われようが、俺はお前らが気に食わない。
もう一度言う。恥を知れ。

次に、見てみぬふりをし続ける周りの連中へ。
何故、知っていて何も変えようとしない?
人には好き嫌いがある。心の中で「あいつが嫌いだ」と思うのはしょうがない。
だからといって、そいつはいじめられて当然なのか?
自分も嫌いだから、いじめている人間が代わりにやってくれているということなのか?
だったらお前もいじめているのと変わらないじゃないか。
もし仮に自分とは普段からほとんど話したこともない友人だったとしても、
同じクラスの中で過ごしていて友人の表情の違いに気付かないなんてことがあるか?
自分の近くにいる人間が沈んだ表情をしていたら、どうするべきだ?
めんどくさいから遠ざかるのか?
変えろ。自分から変えていけ。
それが出来ないなら人間を辞めたのと同じだ。
確かに、人の苦しみに気付けない馬鹿どもはごまんといる。
不正を行う奴等も山ほどいる。
「何も考えていない」という名の罪を犯しながら、
自分には何の罪も無いと思って生きている人間など数え切れん。
だが、だからといって、君達が理想を追わなくていいという理由にはならない。
恥ずかしい連中の仲間入りをしたくないなら、自分の心に響く何かがあるのなら、

勇気を振り絞れ。
もう少し周りを見る心のゆとりを持て。

最後に、僕達大人はは何をすべきか。
価値観の一刻も早い変革、それしかないだろう。
早いもの、強いもの、多いものにだけ価値があるとしたこの社会を作っているのは
紛れも無く我々である。
そしてこの価値観こそが歪みを生み出しているのではないのか。
弱者に優しいという美徳はどこへ行った。
恥を知るという感覚はどこへ行った。
我々は人の痛みに気付き、不正を許さぬ人達だったはずだ。
その社会が戻ってこないなら、いじめられ、

自殺を考えるほどまでに追い詰められた子供達に、
命の大切さを訴えても無駄になってしまう。
その子供達の命を輝かせることが出来ない世の中を我々も作ってしまっているのだから、
「生きていればいいことがある」なんて暢気な言葉で誤魔化すことは出来ないからだ。
たとえ金持ちになれなくても、信じられる友や、愛してくれる家族がいて、
夢を追いかけられるなら、そこに何も問題はない。
だが、友も無く、家族も気付いてくれず、自分の力も全て否定されるなら、
生きていて何が楽しい?死ぬのも当然というものだ。
ましてそれが繊細な心を持つ子供達ならなおさらではないか。
彼らが求めているのは、

今彼らの置かれている世界から救い出してくれるヒーローの到来である。
我々は大人だ。

自分のことだけで手一杯なんて甘っちょろい言葉を言ってなどいられないはずだ。




2006年11月8日

「真理」に到達できる近道があるとでも思っているのか?
そもそも真理とは、決してゴール地点に待っている「もの」ではなくて、
一歩ずつ踏みしめ山を登る、そのこと自体だ。
歩いてきた足跡のことだ。

だから人よりも早く登れなかったとしても、それを恥じることも焦ることもない。
人より頂上に早く辿り着こうとして近道を探してしまったこと、
その近道を使ってしまったこと、
人より早く到達することが目的だと思い込んでいたこと、
反省しなければならないのはそのことだ。

しかし、そうやって何度間違えたとしても、また歩き出すことはいつだって出来る。
その誇れる道を歩いているなら、その瞬間に真理の具現者たり得るからだ。
だから顔を上げろ。そして胸を張れ。
どうだ、いい景色だろう?




2006年9月30日

『人或いは言う、理想は理想なり、実行すべきにあらずと。
 余おもえらく、理想は実行すべきものなり、実行すべからざるものは夢想なり。』

- 宮崎滔天


口では偉そうなことを言い、激しい文章を書いたところで、
まだ何も実践していない僕はまだ夢想家だったのだ。
「自分には出来るわけがない」
という思いにどれだけ怯えていたことか。

理想家と夢想家では、目が違う。決定的に違う。
正直、驚いた。
こんなにも違うものか。
「目の輝き」とはこんなにもはっきり見えるものだったのか。

肚にある泉から、滾々と流れを湧き出させておかなければいけなかったんだ。
わかった。やっとわかったぞ。




2006年9月23日
何と言うかこう、「生き切ったな」っていうような感覚。

自分を褒めてあげたくなるほどのこと、今まで一回も成し遂げてないんで、
これじゃ死ぬその瞬間に「ああ、生き切ったな。」って思えないじゃないですか。

やっぱり、血は熱く滾らせとかなきゃ。
どこまでも突き抜けて、生き切るために。




2006年9月3日

友人の多くが結婚し、子供がいる家庭もだんだん増えてきました。
僕自身も結婚して早2年、そのうち仲間入りすることになると思います。

もともと僕は子供好きなのですが、ちょっと前までは子供といえばそれは僕より
上の世代の人達の子供のことでした。
だから、「自分達がこの子達を守っていかなければならないのだ」という想いが
芽生えたことはありませんでした。
僕には2人妹がいますが、この想いは妹達に対する想いともまた違ったものでした。

いつの間にか僕達はすでに一番若い世代ではなく、
僕達が支えてあげなければいけない子供達が、新しい世代として現れつつあったのです。
そんな当たり前のことにもなかなか気付けませんでした。

友人達の子供がみんなとても可愛いと感じます。
そのうち自分にも子供が出来れば、なおさら可愛くて仕方がないと思うでしょう。
そんな愛おしい子供達であればこそ、僕達は何をしてあげられるのでしょう。

少なくとも、殺伐とした世の中にそんな可愛い子達を放り込みたくなどありません。
真理が具現化していない世の中になど送り込みたくありません。
真理とは何か。とてつもなく単純です。
思い遣り、それだけです。
僕が覚者ではないことは明らかですが、それにしたって思い遣りがない世の中など
幻に過ぎないことくらいはわかります。

思い遣りに満ち溢れた暖かい世の中。
そういえば昔はこんな言葉を素直に言えなかった気がします。
恥ずかしながら、どこかで聞いたようなひねくれた論を振りかざして

かっこつけていた時期もありました。
しかし、そんなものを一気に吹き飛ばしてしまうほど、

どこまでも澄んだ思い遣りというものがあるんだなと
見えてきた今、何も照れずに「暖かい世の中になればいいのにな」、と言えます。

今までは、実現は難しいと愚痴をこぼすことも許されていました。
でも次の子供達が現れてきたからには、

もうのんびりしている暇はないように思えるのです。




2006年8月5日

言葉に出来なくて、何が真理か!




2006年7月6日

儀式において重要なことは、
「そもそもそれが、何を意味していたか」
であることは言うまでもないでしょう。
背景をきちんと踏まえていない儀式は、空念仏と同じで意味を成しません
(むろん、ここで言っている「意味」とは、儀式が目指す目的に適っているという
意味です。無意味な儀式も「下らない」という「意味」は持っていますが)。

たとえば僕らが結婚式の披露宴を行ったとき、略歴紹介で小学校から紹介して頂きました。
義務教育から後の学歴のほうが、本人の意思が強く介在していることは間違いないため、
高校からの学歴を紹介して頂くというスタイルの方も多いかと思うのですが、
ここで僕らは、両家の家族が一丸となって披露宴を作り上げているということを表すために
あえて小学校からという形を選びました。

どの小学校に行くかという選択は、本人の意思よりも親の意思が強く働いています。
そのため、披露宴の持つ「自立の一歩を表す」という性格を尊重すれば小学校の部分は
触れる必要がないと言うことも出来ますし、

逆に、親がいて自分がいるということを尊重すれば
「親がどんな気持ちで自身を育ててきてくれたか」
ということを示すために、あえてそこに触れるという考え方も出来るかと思います。

どちらを選択するかは全くもって本人達の自由で、優劣などありません。
ただ大事なことは、ひとつひとつのそういった細かい「儀式」には、

思いが込められているということです。
だから、儀式を行う側は真剣にひとつひとつを考えなくてはいけませんし、
儀式に参加する側は、その思いをこぼさず汲み取ってあげられるような器に

自分を磨いていかなければなりません。
そう思うと、自分がこれまでしてきた数々の失敗に顔から火が出る思いですし、
いったい何人の方に謝って歩かねばならないだろう、と思ってしまいます。
ちなみにここにあげた披露宴の話にしても、出席してくれた高校時代の友人から
「何で小学校時代から(紹介してもらうこと)にしたんだい?」
と聞かれて改めて考え直し、ようやく言葉にまとめることが出来たものです。
事前に、会場の人達と打ち合わせしたときにはここに書いたようなことがまだ
はっきりとした言葉には固まっておらず、
「う~ん、何となくこっちの方が・・・」
というような言い方しか出来ていませんでした。

(少し話が飛びますが、僕がこの「檄」で書いていることの多くは、友人や両親、
 先生や先輩・後輩など、僕の周囲の方々との会話の中から生まれてきた「言葉」です。
 本で読んだことなどもありますが、そういったことも、周囲との方々との関わりの中で
 僕が実体験として意味を理解し、くっきりと輪郭を持ったときにのみ書いています。
 その意味では、「僕の言葉」などどいうものはひとつもないのかもしれません。
 せいぜい「僕というフィルター」を通した、というくらいのものなのでしょう。)

古くから続く様々な儀式を、ただ無意味だと切り捨てる前に、きちんとその儀式の経緯を
勉強しなければなりません。
多くの場合、こちらの無知が、儀式を無意味に見せているだけのことが多いからです。
また同時に、何も考えずに儀式をただ遂行するということも止めなければなりません。
最初に述べたように、それでは空念仏になってしまうからです。
儀式は「すればいいというもの」ではないからです。

ひょっとすると理想的なのは、例えば車の運転のように、
「最初は頭で考えながら動かしていたが、気付いたら自動的にうまく

動かせるようになっていた」
という形になることかもしれません。つまり、
「無自覚にも関わらず、意味を成す儀式」
が作られれば素晴らしいのでしょう
(もしかしたら自然や我々というものは、本来そうなっているものなのかもしれません。
 この可能性はたまらなく魅力的です)。

先日、オタワに行ってきました。
7月1日がカナダデーというカナダの建国記念日で、

オタワでお祭りがあるということだったので
行ってみたのですが、そのときにノートルダム聖堂を見学しました。
この聖堂は1840年頃作られた、オタワ最古の教会です。
非常に良いところでした。
僕はキリスト教徒ではありません(僕の中でイエス様がヒーローであるのは事実ですが)。
僕の根底に流れるのはやはり、神道を始めとする「ひどく日本的な」ものなので、
明らかに違いはあるのですが(ひょっとしたら「日本的キリスト教」

なのかもしれませんが)、
ここに込められた人々の気持ちは伝わってきました。
きっと、未開の地にやってきて成功の保障も何もなく、不安だらけで過ごしていた日々に、
信仰や人との交流は数少ない心の支えだったことでしょう。
そしてまた、その思いを現代に受け継ぐ人達がたくさんいて、
カナダならではの様々な人種の人達が同じように祈りを捧げている、その風景は
何を信仰するかということとは別に、僕も同じ人間としてわかり合え、

そして強く共感できました。


西行法師が伊勢神宮に参拝したときに詠んだ歌、

 なにごとのおはしますかはしらねども
 かたじけなさになみだこぼるる
 ([西行法師は僧侶で、神道家ではなかったので]
 ここにどのような神様がいらっしゃるかは
 わからないけれども、ありがたくて涙が出る)

があります。
たとえ神様を感じることが出来なくても、
せめて、込められた人の気持ちはいつもわかるような人になりたいと思います。




2006年6月2日

小学校の体育の授業でバスケットボールをしていたとき、
先生が、
「ボールを取ったら、シュート、パス、ドリブル、のどれを狙う?」
と聞いたんです。
答えは当然シュートですね。
シュートしなければ勝てないスポーツなんですから。
シュートが出来ないから、パスとかドリブルとかで繋いで
チャンスを作っていくわけですね。

ところが、
「パスだと思う人手を上げて」
という感じで先生が聞いていったところ、
意外なことに一番多かったのはパスだったんです。
ドリブルが数人で、シュートは何と1人。

これはふたつの意味で非常に象徴的なことだと思うんですね。
ひとつは日本人の国民性に関してです。
ボールを取ったらすぐシュート、という辺りが何となく自分勝手な感じがして
共同作業であるパスの方がいいんじゃないかと小学生でも考えるのでしょう。
まあこれはいかにも日本人らしい、ほのぼのとしたエピソードだと言えます。

問題なのはもうひとつの意味です。
何か物事をするときに、最初からセカンドベストを考えてしまう、
そんな状況を象徴しているように感じるのです。

非常に遠すぎて、最善の策が思いつかないことも多々ありますが、
ある程度目標までの道筋が見えているケースも多くあります。
そのときに、何故かシュートせずに最初からパスやドリブルをしてしまうことが
あるように思うのです。

「まずはストレートにぶつかってみる。出来なかったら次の策を考える。」
これがまっとうな順番です。
ところが、
「どうせストレートにぶつかったって難しくて出来やしないから、
 最初から簡単な方でやろう。
 それが出来たらストレートな手段にレベルアップしてみよう」
という考え方をしてしまうということです。

目的をよく理解していないうちに始めてしまったために
最善の方法で取り組めなかった、というのもよくある話ですが、
目的がわかっているのに最初から何故かストレートにぶつからないとしたら
それは問題だと思うんですね。
セカンドベストでやってしまうと、結局そこで満足してしまって、
後でちゃんとストレートにぶつかり直す人なんてなかなかいないものですし。

どうせ自分には出来ないと思いながら、憧れのものの周りでうろうろする。
そして「それっぽい」ことだけし続ける。

どんなにいいタイミングでパスを回しても、どんなに綺麗なドリブルで人を抜いても、
シュートしなければ決して勝てないんですよね。

僕も「パス」に手を上げてしまった一人なんですが。




2006年5月28日 (2006年5月18日分改訂)

「人間には、意外と見えているんじゃないか」

この言葉が僕に種として蒔かれたものであったことに気付いたので、
以前書いていた文章を改めることにしました。
これは僕が東大時代に所属していた研究室でいつもお世話になっていた先輩が
あるとき僕に言った言葉です。

その先輩は時計が好きで、いい時計の文字盤に書かれた文字や線が
明らかに他のものと「違って」見えるんだと言っていました。
ひょっとしたら、いいものっていうのは作る工程で予定していた精度よりも
より高い精度が出ているんじゃないか、しかもそれが人間には見えるんだ、とも。

物事が完全にしっくりいっているときというのはすごいもので、
実に精妙なバランスがフルオーダーで(つまりどこまで細かく分解していっても)
成立しているものです。
じゃあ揺らぎはどうなるんだと言われそうですが、ひょっとしたらそこまで含めて
「何だかうまくいってしまうこと」
があるのかもしれません。はなはだ頼りない表現で申し訳ないのですが。

昔、ディズニーランドで「カリブの海賊」のボートに乗っていたら、
何か機械のトラブルがあったらしくてボートが

しばらく止まってしまったことがありました。
そのうちに非常灯が点灯しだしたために、

普段は暗くてよくわからない館内がはっきり見えたんですね。
驚いたのは、「そこまで細かく作っていたか」というくらいしっかり模型が作られていて、
「ここは暗くて普段は誰にも見えないんじゃないか」というところにまで

セットが組んであったんです。
ひょっとしたら、人間は自覚はしていないものの、

そのレベルまで見えているのかもしれない、
このレベルまでやるとようやく人が満足いくものになるのかもしれない、と思いました。
(よく、アメリカのディズニーワールドは日本のディズニーランドに比べて

「ちゃちい」と聞きます。
 本当にそうなのか、そうだとしたら「目に見えそうなレベル」程度で

止まっているからではないか?という疑問があるので、

ぜひ機会があったら自分の目で確かめてみたいと思っています。)

きっと、人間の能力をなめてはいけないのです。
仕事にしても自分が「おや?」とちょっとでも思っているうちは、
誰か見抜いてしまう人はいるはずです。
とはいえ、言うは易く行うは難しで、時間が限られている以上、
完全にしっくりくるものを作り出すというのは本当に大変なことだと思いますが。




2006年5月14日

理想と現実の違いに誰しも苦悩する。
そのとき、どっちを取るか。どう折り合いをつけるか。

希望や理想に燃えて新たに社会に出た人が
理想と現実の余りの違いに愕然としているのを見たとき、
「これが現実だ。甘くないだろう」
というセリフは決して言うまい。
その諦めこそが甘いからだ。

「理想は美しく、現実は汚い。しかし、だからこそ、

 理想は現実などに汚されてはならない」

そう、理想を掲げることがおかしいのではない。
気高いものを心に抱かずに、妥協の産物のみに甘んじることこそ、
恥じるべきなのだ。
そして何を理想とすべきか、常に問い続けなければならないのだ。

「現実とは違う。諦めろ」
こんな下らないひと言で終わらせられるほど、
甘い覚悟で生きてはいない。




2006年5月5日

いい奴もいれば嫌な奴もいるというのは、
日本だろうが海外だろうがどこでも変わらないはずです。
僕はまだ日本とカナダにしか住んだことありませんが、
嫌な奴ばっかりの国なんてあるわけないだろうし、
逆にいい奴ばっかりの国もないでしょう。
同じ1人の人間ですら、いい奴になるときもあれば嫌な奴になってしまうことも
あるわけですから。

海外で暮らして、自分にはどうも納得しがたい状況に遭遇したときに
「文化が違うんだ。仕方ないさ」
と捉えることは、物事を前向きに考えるためのうまい手のひとつだとは思います。
実際、育ってきた土壌が違えば「仕方ないこと」も多々あります。

しかしそんな上っ面の部分だけを見ていても仕方ありません。
時と場合に応じて価値が変わってしまう以上、そんな文化なぞ見ていても
人間の本質には迫れないからです。
解釈などどうでもいいのです。

単純に考えましょう。
人をあったかい気持ちにさせられないやつなんて、
どこの国の人間だろうがいい奴なわけないんですよ。
話は単純なんです。
文化とか、国籍とか、そんなことどうでもいいんです。
小さい奴はどこでも小さい。大きい奴はどこでも大きい。

「人をあったかい気持ちにさせること」
これを美徳とするのが、もし、仮に日本だけなのだとしたら、
僕は胸を張ってこれを世界に広めていきます。




2006年4月24日

もう半歩踏み込なければ倒せない。
しかしもう半歩踏み込めば倒されるかもしれない。

いずれにせよ、もう半歩踏み込まなければ何も見えない。




2006年4月21日

他人が自分に対して納得してくれていないのではないか、という形をとることが多いが、
納得できていないのはいつも自分のほうなのだ。
それは、自分の動きにどこか「ぎこちなさ」が残っていることがわかっているからだ。
もっと滑らかに動けるはず。もっとしっくりくるはず。

『己に勝つことを知る者には敵が無く、敵に勝つことを知る者には敵絶えず』か。




2006年3月2日

明鏡止水。
ただし、海のごとく大きな器で。




2006年2月6日

それ若き日の三春秋 互に友と呼び交わし
君が憂いに我は泣き 我が喜びに君は舞う
若き我らが頬に湧く  その紅の血の響き
    (長野高校應援歌 『暁鐘の歌』四番より)

先週僕達の結婚式があり、多くの皆さんにお祝いして頂きました。
集まって下さった方々ひとりひとりに思い出があり、
自分達がこんなにもお世話になりながら生きてきたのかと、
ただただ感謝の思いしかありませんでした。

集まって下さった方々は、皆、僕達が辛い時に一緒に泣いてくれる人達です。
僕達にいいことがあった時は自分のことのように喜んでくれる人達です。
歳を取るにつれ、昔のようには人の成功を喜べなくなったり、
自分のことで手一杯になって人の悲しみに気付けなくなるのが普通なのに。

キリスト教の「足跡」の話のように、自分達の傍にいつもいてくれて、
しんどい時には僕らを負ぶってくれていたのです。
僕らの友人は賑やかなことが好きな人達なので、
負ぶるどころか皆で胴上げでもしながら僕らを運んでくれたような気すらします。

人間が持っている能力のひとつに「外部を想定する」ということがあります。
「外部に気付く」と言った方がいいかもしれません。
時間的にも空間的にも、精神的にもそうなのですが、
「自分の外にまだ世界が広がっている」
と気付く能力です。
その能力があるから、地球の外に宇宙が広がっていること、
空間が3次元より大きいかもしれないということ、
自分達の過去にも未来にも時間が繋がっていることなどを思いつくことが出来ます。
死後の世界を想像することなんかもその能力の現れでしょう。
動物が死後の世界を想定しながら生涯を送っているとはちょっと思えません。
(考えているかもしれませんね。このように想像することもまた、
「外部」を思いつける能力の結果です。
 つまり、人間が現在知っているのとは違った方法で動物達も思考している
 可能性がある、と従来の枠組みの外側を考えているわけです)
今いることろ、目で見えるところ、手で触れられるところ以外にも
いろんな世界、状態、存在がある、と。

自分達の外側に多くの人がいて、実は支えられて生きている、
これを体感として感じ取ることが出来るか。
しかも、常に、出来るか。
人が人であるために。

ただに血を盛る甕ならば 五尺の男児用無きを
高打つ胸の陣太鼓     魂の響きを伝えつつ
不滅の真理先頭に     進めとなるを如何にせん
     (長野高校應援歌 『南下軍』一番より)




2005年11月26日

しっかり止まれ。
そして全力で走れ。
小走りしながら出来ることなどたかがしれている。

止まることとは主軸を据えることである。
一旦外に投げたものを内に返して元に戻ることを忘れるな。

進化など幻想に過ぎないと知れ。
誰も進化など強制していないと気付け。
在りもしないものに怯えるな。




2005年9月18日

ものすごく当たり前のことを書きます。

人が作った問題に比べて、自然が作った問題は何て難しいんでしょう。
あと何問残っているのかもわからないし。
ただただ頭が下がります。




2005年9月17日

変化こそ本質である。

しかし、悲しいかな、人は自ら変われない。
現実は常に想像を大きく超え、同じ平面に乗ってすらいない。

変化することは動くことと同義ではない。
止まることもまた、そこには内包される。
止まることとは、外に投げた自身との対話である。
確認作業である。
それは停滞と正反対である。
とどまれば、濁る。
止まることと、とどまること。
その差を知るべきである。

「そのままの自分でいい」。
当たり前じゃないか。
「そのまま」の自分とは、自身の「本心」だからだ。
自身の本心すら知らない者に、とどまることなど決して許されぬ。
しかし、自ら変われることはないのだ。
想像の延長にあるものなど、求めても仕方ない。
変えて頂く、しかないのだ。
祈れ。




2005年8月2日

振れ幅の大きい人に魅力を感じる。

他人からその人の情報の断片を集めたとき、
同一人物についての話だと思えないほど
多様な面を持った人にひかれるのだ。

それは多趣味な人というのとは全く違う。
何でも食べる雑食動物とも全く違う。

振れ幅の大きい人に会って、
「なるほど、(パズルの)ピースがこうはまるのか」
と感心するのが楽しい。

たとえかなりの高みに到達した人であっても、
あるラインの延長上を突き進んだだけの人はどうもつまらないのだ。

「偉大さとは、1つの極限に至ることによって示されるのではない。
 2つの極限に同時に触れることによって示されるのだ」
                      -パスカル




2005年5月27日

「人はそれぞれ独自の価値観を持つ。」

お前のはただのわがままだけどな。

という俺の判断も俺の「価値観」になるのか。
都合のいい言葉だ。




2005年5月23日

「そんなおせっかい、向こうは望んでないよ。所詮それは『やってあげよう』という君のひとりよがりだ」

ちょっと待て、それはめんどくさいのを隠すための嘘に過ぎなくないか。
他者への愛情に、向こうが望むも何もない。
それが願望でなく、祈りのレベルにまで昇華されたものであるならば。

もっと言おう。
相手が小さい子だったらどうだ。
小さい子の世話するのはおせっかいか。
小さい子は、文字通り、小さいのだ。肩車してあげなければ向こうまで見えないじゃないか。
そこに何を見つけ、何を掴み取るかはその子の自由だが。

君は、自身の中にある本当の願望に気づいているのか?
君の心が本当は愛情を望んでいるとしたらどうだ。

誰しもがそれに気づいていない「小さい子」に過ぎないかもしれないんだぞ。




2005年2月28日

日本は危機管理が甘い、とよく言われますね。

ただちょっと、この辺の議論には違和感を感じるんです。

確かに日本は危機管理が甘いんでしょう。
管理、というか、基本的に危機意識が薄いのは否めないと思います。
海外でも日本にいるときのようなお気楽な行動を取ってしまい、

犯罪に巻き込まれた、という話はよく聞きます。
個人単位でも、国の単位でも、基本的に日本は「のんき」ですね。
こうしたことが、「日本人は国際人として未成熟だ」、

というような批判に繋がっているのでしょう。

確かに、「郷に入っては郷に従え」という言葉にもあるように、

治安の悪い国で自己防衛をせず、痛い目をみたとしたら
それは本人の自覚の無さや不勉強のせいでしょう。それはよくない。
しかし、日本人の危機意識の甘さを批判する人たちは、

自分達の国がいかに腐ってるかには気付いてるんですかね。

ものが置いてあった。それが盗まれた。
悪いのは置いていた人でしょうか。危機管理が甘い、と非難されるべきでしょうか。
悪いのはやっぱり盗んだ人じゃないですか?
道を歩いていたら銃で撃たれて金を取られた。
悪いのはそんな危険なところを歩いた人でしょうか。
やっぱり、撃った人が悪いですよね。

危機管理の議論では、いつもそれがおいてけぼりになってるんですよ。

以前、僕が予備校に通っていた頃、学食で席取りをするときに女の子達が

財布を置いているのをよく見ました。
「日本は平和な国だなあ」
と思っていましたが、その平和こそ重要なんですよね。
財布が置いてあっても取られない国、いい国じゃないですか。
まあこれはかなり前の話なので、今はどうなっているかわかりませんが。

日本において、そんな平和な現象がおきるのは、決して性格の問題ではなく、

裕福だから、というだけかもしれません。
ひょっとするとこのまま不況が続いて、国がどんどん貧しくなってくれば、

我々も平気で犯罪を犯すようになるのかもしれない。
しかし、忘れてはいけないのは、危機管理の進んだ国がすごいんでもなんでもなく、

そんなことをする必要のない国がすごいんです。
日本人がよく言われる「お人よし」こそが本来見習われるべきもののはずです。
偉そうに危機管理を謳う国なんぞを手本にする必要はないのです。




2005年2月4日

「小さな成功ほど、大成功の妨げになるものはない」

なるほど。




2005年1月14日

目が見えなくても「見える」絵、耳が聞こえなくても「聞こえる」音楽。
『本物』とはきっと、そうしたものではないでしょうか。

僕は学問においてそれを実現したいと思っています。
情熱と、優しさと。




2005年1月5日

肚から前に出る。




2004年12月19日

(1) 種を蒔くということ

「種を蒔く」という教育法があります。
例えば、昔の日本の教育で行われていた、幼少のころから論語などを
「子曰く、・・・」
と諳んじさせる、あの教育法です。
小さい子が論語の内容を理解するのは無理だろうし、ましてや
「なるほどねえ。孔子はなかなかいいこというわ」
なんて頷くなんてことはありえないでしょう。
しかし、これは決して無駄ではないと思うんですね。
それどころか非常に有効な教育方法であると思うんです。

「種を蒔く」というのは
 
 今は理解出来ないだろうが、いつかこれに関連した出来事を経験したときに
 ハッと気付く。つまり、いつか種が発芽することを期待して、今、種を蒔いておく。

という考え方です。
ひょっとすると、成長してから何か経験したときには、自分が幼い頃教わっていた
ことなど忘れてしまっているかもしれない。けれども、種を蒔かれたことがある人
ならば、その経験に対しふっと立ち止まって、それを人生の糧にしていくことが
出来ると思うんですよ。
つまり、種がその人の人生において
「ここは重要そうだぞ」
と立ち止まるためのマークになるわけです。
逆にそういったマークを持っていない人間は、自分を成長させるチャンスに
気付かずに通り過ぎてしまう可能性が高いわけです。

人生訓に関してではないのですが、アルバイトで塾講師をしていたときに似たようなことを
よく経験しました。
「この問題は結局はここがポイントで・・・」
なんてことを教えると、まだ習い始めのうちは生徒達は理解できなくて
「ふーん。そんなもんかな」
ぐらいの感じで受け止めているんですが、高3の受験直前くらいになって
かなりマスターしてくると、
「この問題のポイントはこれですよね」
なんて言えるようになるんですね。
しかも面白いのは、以前僕が同じセリフを言っていたことなど忘れている

生徒が多いんです。
知らず知らずのうちに自分の中に根付いていた種が発芽したわけです。
こうしたことからもわかるように、大事なのは理解出来ないだろうから言わない、

ではなく、いつかわかるときがくるから敢えて言っておく、ということです。
それをやっておくと必ずいつか発芽するんです。
人間の記憶力ってのは大したもので、

理解出来ない言葉も結構刷り込まれているものなんです。

理解出来ないだろうから言わない、というのは現代教育の悪習です。
近視眼的な目標ばかりを見ていると特にそうなります。
種を蒔くという思想は、確かに時間は掛かるんですね。
蒔かれる方も結構しんどい。特に近年は「理解出来ないこと」に

我慢出来ない子が多いので、
「そんなことはいいから、問題解くための方法を教えてくれ」
となるわけです。やたら即効性を求める。教える側もそれに迎合することが多い。

もちろん、この種を蒔くために一番大事なことは信頼関係です。
信頼出来ない人がいくら種を蒔いたところで
「わけのわからないことばかり言って、自己満足に浸っている人」
としか受け取られないことでしょう。
「あの人が言うんだから、何かあるはずだ」
くらいは思わせなければ、種が全く根付きませんから。



(2) それが真実なのでは

路上の詩人とか、癒し系の本によく書いてある言葉に、
「あなたはかけがえのない人」
「あなたはあなたでいいんだよ」
というようなニュアンスの言葉が多く見られます。これに対し、
「人は誰しも特別な存在と思われたいから、この手の本はよく売れるのだ」
という分析をしている人がいるのを見かけました。

そうなんじゃなくて、「かけがえのない存在」とか「あなたはあなたでいい」というのが
「真実」だからこそ心の琴線に触れるんじゃないですかね。
特別な存在と思われたい、という欲求以前に、全ての人間が特別な存在である、という
「事実」に本能的に気付いているからこそ、そういった言葉に引かれるのではないかと。
そう思いたい、とかはこの際問題じゃないんですよ。




2004年10月21日

刀を突きつけられた極限の状況下でも役立つものでなければ武術とは呼べない。
「条件付きで成立する技」など役に立たない。

自分に余裕があるときだけ現れる「思い遣り」など意味があるのか。
自分が辛いときでも相手のことを思うことが出来る、それこそ真の思い遣りではなかろうか。

本物を追いかけるということは、この厳しい道を行くということだ。




2004年10月20日

「共感と同情」

人間が根源的に持っている欲求のひとつに、共感を得たい、という感覚がありますね。
特に女性の方がその傾向が強いと言われたりすることがありますが、楽しいこと・悲しいこと・怒りの感情、何であっても
「そうそう、わかるわかる」
と頷いてもらえると男でも嬉しくなるものです。
これは表層的な感情に関することだけではないと思います。
もっと深いレベルに、
「自分を理解して欲しい」
という根源的欲求があると思います。
人間とは、自分と同じ思いや同じ視点を共有して欲しい生き物なわけです。
(そのくせ人間は「お前なんかに俺の何がわかるんだ」と言ったりもするから困ったものなんですが)

共感(共有感覚)、という感覚は基本的には同じことを経験したもの同士でないと持ち得ない感覚です。
だから、自分が経験したことのない出来事に関しては相手の感情を想像することになります。
そのとき発せられている感情は、共感よりも同情に近いと言えるでしょう。
そして、全く同じ経験を2人の人間が持つのは不可能なのですから、

本来共感とは厳密な意味では
成り立たず、ほとんどの場合が定義からすると「同情」なんですね。
仮に同じ時間・空間に存在していたとしても。
そして人間はこの同情っていう感覚は結構嫌いなんですね。
実際はそういうわけではないとしても、どこか高みから見下されているような

感覚が付きまとうからです。

ただどうしても、本当の意味での共有感覚を分かち合うことは出来ない以上、
「非常に共感に近い同情」でもって代用するしかないわけです。
これは重要な事実なんですね。
突き詰めれば共感などありえないのだから、他者にそれを求めても無駄である、

という事実。

ところでここまではよくある話ですよね。

いわく、他者に多くを求めるべきではない。
いわく、自分と相手とは違うのだから。
いわく、そしてその違いこそ、自分を自分たらしめているものなのだから。
「人付き合いのコツ」みたいな本を読めば載っている話です。

ただ、これは結構怖いことなんですね。
拡大解釈すると
「所詮人間は共感なんて出来ないんだから、割り切って単なる同情ですませばいいんだ」
ということになったりするんですよ。
それってものすごく寂しいことだと思いませんか。
確かに完全な共感は出来ないかもしれないけれど、人間は限りなく共感に近い同情なら出来るんですよ。
それはしてあげればいいと思うんですよね。

自分がしてもらう立場の場合は
「完全な共感は無理なんだから、しょうがないな」
って思って多くを求めず、自分がしてあげる立場のときは
「限りなく共感に近い同情をしてあげよう」
と思ったらどうでしょう。
世の中もっと楽しくなるような気がするんですが。

あ、ついでに言っておくと、人間には「完全なる共感」を得る力も潜んでいるんじゃないかな、なんて思ったりもしてます。




2004年10月10日

「恐るべき鈍感さ」

現代を語るキーワードの一つであるように思うのです。

精神的な意味でも、身体的な意味でも。

東京に来てから特に痛感するんですが、駅などで人ごみの中を歩くと、
やたらガツガツと人にぶつかってくるおっさんがいますよね。
まあ、動ける側がよけてあげればいいわけで、普段は予めこっちがよけてあげるんですが、
人陰から急に出てこられるとさすがによけられないこともありますよね。
不思議なことに、そういったおっさんはかなりきつめにぶつかっても決して謝らないことなんです。
謝ったら負けだ、とでも言わんばかりに振り返ろうともしない。
向こうも結構痛いはずなんですが、何事も無かったように通り過ぎる。
大阪の梅田なんかでもひとごみでごった返してるときはありましたけど、

ぶつかっても謝らない人っていうのはいませんでした。
東京だとぶつかる回数が多いからいちいち謝っていたらキリがない、

ということなんでしょうか。
もしくはただ単に礼儀知らずなのか、鈍感なのかどちらかだろうなんでしょうね。
いずれにせよ、身体的にも精神的にも異常に鈍感になっていると思いませんか。
これは人間として本来持っている能力が著しく落ちているということです。

たかがぶつかることごときで、と思う人もいるかもしれませんが、

これは氷山の一角なんですよ。
人間はもっと鋭敏な感覚をもっているものなんですが、

これだけノイズが多いと重要なシグナルは
かき消されてしまう。(物理にも似たようなことが多々ありますなあ。)
特に恐ろしいのは、他者の痛みも受信できなくなっていることです。

個々人の自由の尊重を最上位に置くのが現代の風潮です。
それは近代の全体主義に対する反動でもあります。
(まあ、現代の自由も所詮は似非で、本当の意味での自由なんぞ

得てはいないわけですが。)
皮肉なことに、どっちに進んでも他者の痛みには気付けなくなるんですよ。




2004年10月5日

「他人に迷惑さえかけなければ好きなことをやっていてよい」
「人間は好きなことをやるのが一番だ」

はたして本当だろうか。




2004年10月2日

小聖は山にあり、大聖は街にあり。




2004年9月20日

中学時代優しかった友人が、今も変わらず優しかった。




2004年9月16日

人格がともなってこそ教養となる。
でなければただの知識だ。




2004年9月13日


友人の言葉より

「何をやるかは問題じゃないんだって。本当に大切なものは

何を通しても得られるようになってるから。」


ある識者の言葉より

「本物とは、一つも悪いところがないもののことをいう」



じゃああとは、何でもいいからひとつも悪いところのないものを

作り上げるだけだ。




2004年9月7日

『思いやりとは、相手の目に自分がどう映っているか想像することである』

情けないことに誰の言葉か忘れてしまったのですが、なるほどな、

と思わされる言葉ですね。
研究する上でも、遠くから眺めることだけではなく、
自分から対象に近づくことも大事だと言っている人もいます。
こういったことは人付き合いだけでなく、いろいろなことに通じることなんですね。

もちろん、(本当はありもしない)客観的に外から観察することは重要ですが、同時に
対象と自分を同一化させて、臨場感を味わうことも大事なわけです。

理解するためのもっとも理想的な方法のひとつは対象と一体化することです。
ただしその方法を取るということは、言葉で説明するという手段を用いないことを

意味します。
一体化すれば、そこにあるのは感覚だけですからね。
ここで言っている感覚という言葉は「言葉に出来ない曖昧なもの」という

意味ではありません。
言葉で覆えない領域を語るための道具です。
むしろその領域内では言葉よりも雄弁なのです。

果たして僕は対象に歩み寄ることが出来ているのか。
ただ遠くから腕組みして眺めているだけのことが多いような気がしますねえ。




2004年8月23日
決める、というのは本当に難しいことだと思うんですね。
決めるということは自分が書いたシナリオに沿って演じる
覚悟をするということなわけです。
それにはまず、自分が書いたという自覚を持つ必要があります。
完全に決まっていて、同時に完全に自由である。
決めることが出来るようになるには、
それを体感として納得出来ていなければなりません。




2004年8月18日
決めればいいんですよ。




2004年7月25日
なかなか会うことが出来ない友人たちへ

みんな頑張ってるみたいだな。
俺もお前らに恥ずかしくないように頑張るぞ。




2004年7月2日
勇往邁進、抜山蓋世
これは僕が高校時代、応援団をやっていたときに座右の銘としていた言葉です。
校訓の質実剛健、至誠一貫と並んで好きな言葉です。
そこで、一緒に応援団をやっていた僕のいとこと2人でそれぞれ分けて袴の横につけた垂れに記していました。
(僕らの高校の応援団のスタイルは道着に袴で、

袴の横に好きな言葉を書いた垂れをつけるのです)
僕が「質実剛健・勇往邁進」で、いとこが「至誠一貫・抜山蓋世」でした。
のちに僕が団長、いとこは旗手長になりました。第45代長野高等学校應援團です。
僕の人生の中でものすごく大事な思い出です。




2004年6月28日
週末、嫁はんの実家がある関西に行ってきました。
僕は長野県出身ですが、京都に11年住んでいたので今ではすっかり関西がふるさとです。
なので、かなりリラックス出来ました。
京都のクラブ仲間は相変わらず馬鹿やっていて、なんかうれしくなりました。

それから日曜には、奥さんの大学の同級生たちが僕らの結婚祝をしてくれました!
仲のいい女友達6~7人、と聞いていたのですが、実はそれがドッキリで、男子も含め25人も集まってくれました!

この1ヶ月、「みんな、いい人たちばかりだなあ」と思う経験ばかりさせてもらっています。
そんな人達に囲まれて、僕は本当に幸せ者です。