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奮闘記

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2007-07-13 変わらなくてもよいもの

_ ヨーロッパにて

国際会議と共同研究のためにスペイン・ドイツ・デンマークを訪れた。デンマークでは久々に共同研究者と直接議論をすることができ仕事の意味ではもちろんよかったけれども、それ以上に、懐かしい顔を見ることができたことが嬉しかった。考えてみると、このメンバーとの共同研究も6年近く続いている。初めて一緒に仕事をしたのは僕がまだ大学院博士課程の頃だった。彼らとやった仕事は僕の博士論文の中心となった思い出の仕事である。

共同研究者のうち1人は、僕の大学学部時代からの友人である。昔から汗水たらして頑張っているやつだったが、こっちでも相変わらずだった。僕にはそれが嬉しかった。

彼を始め、大学時代の何人かとは自主ゼミをしたりして一緒に勉強してきた。その仲間とは今ももちろん連絡を取り合っているが、誰と話しても相変わらず頑張っている。僕は彼らが「頑張っているから、すごい」と二つの意味で、感じる。

ひとつは、頑張っていることによってどんどん力をつけているからすごくなっているという意味で、もうひとつは頑張り続けているということ自体がすごいという意味だ。

一生懸命やっていれば、たいがいのことは何とかなる。これは間違いない。(「たいがいってどのくらいだ」とか小さいことを気にしているヤツには何もできない。)だからすごくなるのは当たり前だ。しかし、頑張り続けるのはなかなかしんどい。誰だって人間だから、調子の悪い日もあるだろうし、どうしようもなく落ち込むこともあるだろう。しかし、めげない。とにかくしぶとい。頑張り続ける、というその姿勢は若い頃から一向に変わっていない。

僕を含め僕の仲間達は「切れる」というタイプではなく、どちらかというと要領があまりよくない。「押してもダメなら引いてみろ」すらままならず「押してもダメなら押し倒せ」くらいのヤツが多いと思う。でも、「無理が通れば道理引っ込む」でやり抜いてきた。そうやってやってこれた理由のひとつは、仲間意識が強かったことかもしれない。日本にいたときはしょっちゅう飲み会だのなんだのをやって集まっていた。学生時代に比べられば少々回数は減ったが、それでもよく集まっていたと思う。仲間が多いと、誰かがくたばっても別のヤツが支えることができる。そして、あいつが頑張っているんだから俺も恥ずかしいことなんかできない、と思えるようになる。そう思えないようじゃあ友達でもない。もちろん長く付き合っていれば喧嘩もある。実際喧嘩もよくした。けれど、それでもまた笑って飲み会ができるのだから本当の友達っていうことなんだろう。

もがいて、あがいて、必死になって、だからこそかっこいい。一生懸命やってるからかっこいい。当たり前のことだが、改めて感じた。

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