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奮闘記

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2007-02-02 PI's Ski Trip

_ レクレーションがやたら充実

今日はペリメーター研究所のスキートリップに行ってきた。場所は Blue Mountain というところで、ウォータールーからは車で2〜3時間くらい北に行った所にある。この辺では一番いいスキー場だそうだ。ペリメーターの様々なイベントの中でも、このスキートリップは最も人気があるらしく、今日は60人ほどが参加していた。もちろん、ペリメーターがやるからには、スキーやスノーボードの道具一式、リフト券も全てペリメーター持ちである。行き帰りは貸切バス。いつも通り、僕ら研究所の人間だけでなく、家族も同伴可である。彼女を連れてきている人もいたから、仲のいい友達なんかも連れて行けるのかもしれない。先に言ってしまうと、研究所に戻ってきた後には、研究所のレストランに夕食まで用意されていた。至れり尽くせりとはこのことだな。ペリメーターはこうしたレクレーションがやたら充実している。仕事を忘れても仕方ないな(笑)。しかも今日は金曜日。平日に皆で遊びに行っているのだ。まるで小学校の遠足みたいだ。

バスがスキー場に近付くにつれ、「実家に帰ってきたみてえだ…」と思い出した。うちの実家もスキー場の近くにあるため、風景が似ていいる。看板が英語であることを除けば、スキー場なんてのはカナダも日本も大差ないし。スキー自体が西洋から近代になって日本に入ってきたものなんだから、当たり前か。ちなみにウォータールーも長野市に雰囲気が似ているので(縮尺が違うが)、時々カナダにいる気がしなくなることがある。懐かしいような気すらするから不思議だ。あ、今ふと思い出したんだが、なぜ、長野は信州と呼ばれることが多いのだろう。スキー旅行のパンフレットなんかを見ても、ほとんどが「信州」だ。「長野」と書かれてもピンと来ないくらい、信州の方が定着していると思う。やっぱり信州という響きがいいのかな。命名のセンスから言えば、信州信濃の方が長野より圧倒的にいいな。長野県歌も『信濃の国』だし。

Blue Mountain に話を戻そう。雪質だが、気温が低いことと乾燥していることから、とても軽くて非常に滑り易かった。僕は今までに長野、いや信州のいくつかのスキー場と、関西のスキー場にしか行ったことがないが、それらのどこよりもいい雪質だった。やはり日本のような海に囲まれた土地に降る雪は、それがいくら高山を越えて内陸側に降るものであっても、どうしてもカナダに比べれば湿度が高くなるのだろう。そういえばこっちでは雪かきをするのも楽だ。降る量が少ないのももちろんあるが、そればかりではなく、雪がやたら軽いのだ。その代わりかたまりにくいからなのか、雪だるまとか、かまくらとか、雪で何かを作って遊んでいる光景を全く見ない。まあ、日本でも最近は雪で遊んでいる子供が少ないらしいが。

このスキー場は、志賀高原なんかに比べると規模は小さいが、うちから車で行ける範囲にこれだけのスキー場があるのは嬉しい(キッチナー市内にもチコピーというやたらかわいい名前の小さいスキー場もあるのだが、それは小さすぎる)。長野に生まれるといいスキー場が周りにあるのが普通なので、何となく贅沢を言ってしまうが(しかも僕はそんなこだわるほどうまいわけでもなんでもないのだが)、カナダでも一番都会のオンタリオ州に住んでいながらスキーが出来るというのは恵まれている。ちなみに、うちの妻は初めてスキーをしたのがうちの実家からすぐのスキー場で、そのときはほとんどゲレンデ貸切状態にガラガラだったし、2度目となる今回はいきなりカナダのスキー場だ。やたら恵まれている気がする。

あっという間に時間は過ぎ、滑り足りない感じを残して今回は終了。今度は自分達の車で来て、もっと長い時間滑ることにしよう。いやあ、ほんとペリメーターに感謝。おしむらくは、滑ってばかりいてロクに写真を撮らなかったことかな。集合写真なんて一枚もないや。ちょっともったいなかったな。(一番下の画像の、ジッパーについているのがリフト券。シールタイプになってて、貼り付けて使います。日本のとはちょっと違いますね)。

リフトは結構混んでましたもうちょい晴れてたらよかったなこんな感じの village がありますたまには元気な姿を見せとかないとね(笑)

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2007-02-04 Boys' Night

_ 30を過ぎても

今日はFさんの送別会だった。Fさんは日本の企業から派遣されてウォータールー大学に来ていて、この2月で任期を終えて日本に帰国するのである。Fさんと僕が同じ大学出身だとわかったときは、海外で心細かったこともあり、昔からの知り合いに会えたような、そんな気持ちになったことを覚えている。

Fさんは家族連れでこっちに来ているので、ウォータールー・キッチナー在住の他の日本人家族の方々同様、うちも夫婦で仲良くさせて頂いている。そのため送別会も子供達も交えた家族バージョン、奥さんだけのバージョンなどいろいろ企画されているのだが、今日の送別会は男だけの集まりだった。名付けて Boys' Night。こっちでは奥さん達が集まる会を Girls' Night とよく呼ぶので軽い気持ちで Boys' Night と呼んだのだが、奥さん連中からは鼻で笑われた、と企画したKさんが言っていた。まあ、集まった中で最年少の僕が32歳なのだから仕方ないか(しかし、奥さん達が Girl を名乗っても黙って暖かい目で見守るのが男というものである)。

さて、送別会(というか単なる飲み会なんだが)はケンブリッジにあるスポーツバーでやった。今日はスーパーボウルの日なので、スポーツバーで観戦しながら盛り上がろうというわけだ。カナダでもNFLはやっぱり人気があって店は混んでいた。プレーの時はテレビに集中、合間のCMの時に会話という感じ。それでもやたらCMが多いので、たくさん会話も出来てよかった。今日は結構風が強く、体感温度がマイナス22度だったので早めに解散ということになったのだが、スーパーボウルの会場であるマイアミとは対極的だった。カナダの冬はあと3ヶ月続く。日本に帰国するFさんがちょっと羨ましい今日この頃である。

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2007-02-14 バレンタインデーということで

_ 外食は冒険なんですよ

今日はバレンタインデーということで、妻と食事に出掛けた。日本ではバレンタインデーというと女性から男性にチョコをあげる日だが、こっちでは男性が女性に贈り物をする日ということで、今日は妻の好物であるシーフードのレストランに連れて行くことにしたのだ(といっても、妻は日本式のバレンタインということで手作りのマドレーヌをプレゼントしてくれた)。ちなみにカナダでは、バレンタインにはリムジンをチャーターして彼女を食事に連れて行くやつもいる。かっこつけるときは徹底的なんだな。まあ、日本人だってハレとケをわかっている民族だから、本来はそういうことが好きなはずなんだが。

今日はちょっと早めに研究室を出て、6時ちょっと前くらいにはレストランに着いていたのだが、店はすでに大勢の客でごった返していた。予約を取っていなかったことを少し後悔しつつ結局30分くらい待ったのだが、ここウォータールーにもこんなに混んでいるレストランがあるんだとわかって何だか嬉しくもあった(笑)。味の方も満足で、久々にいいところを見つけた感じだ。寿司なんかの場合、どうしてもネタのレベルは日本には適わないし種類も少ない。今日のレストランもシーフードだったので行く前は少し心配だったのだが、仲良くさせてもらっている日本人の方達に事前に評判を聞いて選んだ甲斐あって、今日の店はうまかった。前にペリメーターのクリスマスパーティーが開かれたステーキハウス以来のヒットか。まあ、そのステーキハウスは酒を飲まない僕ですら100ドル(日本円で1万くらい)近く掛かるところなので、うまくて当たり前かもしれないが。

それにしても、海外で暮らす人間にとって外食は冒険だと思う。最初の頃は言葉に慣れていないのが主な理由だが、言葉が話せるようになっても新しい店に行くときはちょっとした勇気がいる。海外旅行で経験している人が多いと思うが、海外の場合、まずい店はむちゃくちゃまずいからだ。日本国内でなら、いくらまずくても限界がある。まずいとはいえ、日本的な味付けではあるからだ。しかし海外だとそうはいかない。まずいくせにやたら量が多かったりするし、もう拷問である。そんなサービスいらないから質を上げてくれと思ってしまう。博士課程の頃ケンブリッジに行ったときに、試しに日本食のレストランに入って餃子を頼んでみたら、つけダレが酢醤油と見せ掛けて黒蜜だったことがある。カレーとは名ばかりの、味のしない黄色い液体が出てきたこともある。中華料理なら大丈夫だろうと思ってロンドンで入った店では、「焼豚炒飯」と書いてあるのに、普通に炊いた米の上にゆでた白菜を乗せ、その上に甘いタレの掛かった焼豚が乗っていたこともある。「これが焼豚炒飯か」と聞いたら、何のためらいもなく「そうだ」という答えが帰ってきた。おそらく、店の人は誰一人中華料理を知らなかったのだろう。今となってはいい思い出だが、その時は初の海外旅行で、しかもそれが国際会議で発表するためだったので、緊張しまくって胃を壊していたため、日本の飯がとても恋しかったのを覚えている。ロンドンで日本食材の店を見つけて、ぺヤングを買ってホテルで食ったっけ。500円くらいしたと思うが、涙が出るくらいうまかったな(笑)。

今は妻と来ているおかげで普段の食事には何の不自由もないが、とてもありがたいことだと思う。研究者だけでなく、一般に海外に単身赴任する人は精神的にキツくなって、帰国してしまったりすることも多いそうだ。日本語で喋れる時間があること、いつもの飯が食えること、これは本当に大事なのだ。明治時代なんかに、国から派遣されて海外で勉学に励んだ諸先輩方はきっと1人で来ていたのだと思うが、今のようにテレビもネットもない時代、しかも手紙なんかではそう頻繁にはやり取りも出来ないし、どれだけしんどい思いをしながら耐えたのだろうか。つくづく頭が下がる。

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