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奮闘記

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2007-01-30 鏡が曇れば太陽も照らない

_ Canadian Winter

今日は比較的暖かい。夕方だが、今はマイナス6℃。昨日はマイナス20度まで達した。とはいえ外にはほとんど出ないので、寒さを感じることはあまりないが。実家の長野市は日本では寒い方だが、さすがにマイナス20度にはいかない(市内ということもあるし)。今週末はさらに冷え込むようだし、ちょっとだけ楽しみだ。ちょっとだけ。

雪は長野の方が圧倒的に多い。確かにこっちも降るし、気温が低いので残るが、せいぜい30cmくらいである。しかもやたら融雪剤を撒くので、道路にはほとんど雪がない。その代わり融雪剤のためにどの車の車体も白くなっている。多くの人が予想するとおり、こっちは何かにつけ極端である。「繊細」という言葉の認知率を調べたらさぞかし低いことだろう(逆に日本では「大胆」という言葉の認知率が低いかもしれないが)。除雪車も頻繁に来る。こっちに長く住んでいる人に「除雪車は(雪が降ると)すごく早く来るよ」と聞いていたのだが、なるほどすぐに来る。しかもかなり速え。どうやら「早く」だけでなく「速く」でもあったようだ。こっちの雪がかなり軽いパウダースノーだから出来るのだろうが、雪で見通しもあまり効かない状況で飛ばしまくる除雪車になかなかの男っぷりを見た。ただしこの間事故っているのも見た。まあ、そうなるわな。

_ 風呂の鏡

日本の風呂は、洗い場に鏡が付いていると思う。温泉や銭湯の洗い場なんかだと、蛇口の上に1人1枚ずつ必ず付いているし、家の風呂でも普通そうだろう。一方、西洋の風呂は基本的にユニットバスであり、その場合、基本的には壁に鏡が付いていないのではないだろうか。もちろん、洗面台には付いている。しかし、「体を洗うスペース」、すなわちユニットバスなら浴槽のある部分ということになるが、そこには鏡が普通無いと思うのだ。少なくとも、今自分が住んでいる家の風呂はそうだし、学生時代にユニットバスの部屋に住んでいたこともあるが、そこは洗面台にしか鏡が無かった。さて、それが一体何なのかというと、僕は、「ユニットバスだと自分の裸を見る時間が少なくなる」ということを指摘したいのである。

僕は痩せ型だが、そんな僕でも30歳を過ぎて無駄な肉が付いてきたような気がする。周りからは全然肉が付かなくて羨ましいと言われ続けているが、本人は体型がちょっとずつ変わっていることに気付いている。まあ、ハードな稽古もしていないので当たり前だ。と、それはどうでもいいのだが、日本にいた頃は風呂で体を洗いながら、「部活辞めてから筋肉が落ちたなあ」とか「わき腹に肉が付いてきたなあ」とかしばしば思った。しかし、こっちに来てからそんなことを感じる機会がグッと減っているのだ。それもそのはず、洗っているときに鏡が目の前にないから、自分の体型をまじまじと見る時間がほとんどなかった、というわけである。これに気付いたとき、はたと思い至った。日本の標準的な風呂のように、セパレートタイプの風呂に変えたら、北米大陸でも肥満って減るんじゃないか?と。いろいろなダイエット法を試す前に、体重計の針を見る前に、自分の体型を鏡で見る。これは大事だろう。

まあ、脱肥満のアイテムになるかどうかはさておくとして、古来から日本では鏡は非常に重要視されてきた。神棚にも鏡がある。天照大神を象徴するのが三種の神器の一つ、八咫の鏡だからだ。さて、天照大神といえば太陽の象徴。ではなぜ太陽が鏡か。単に光を反射するからというだけではあるまい。光で魔を払う、なんてのも答えになっていない。なんで光で魔を払えるのか、が問題になるからだ。古代の人は姿を映す鏡に神秘的なものを感じていた、なんてのはよくあるが、まだ浅い。神道の本義をわかっちゃいない。僕はこう考える。「自身の中にこそ、太陽があるから」。


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