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奮闘記

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2006-10-09 Thanksgiving Day

_ テレパシーは使えないから

今日はカナダの Thanksgiving Day だった。日本では対応する祝日として「勤労感謝の日」があげられるが、日本では勤労感謝の日は他の祝日と差はなく、特に大したお祝いをする習慣もない。一方で、こっちの人は Thanksgiving Day をとても重要だと考えているらしい。Thanksgiving はもともと、アメリカ大陸に渡ってきたピューリタン達が開拓をし最初の作物を得ることが出来たこと、そして一緒に生活を支えてくれた現地の人々(ファーストネイションピープル)への感謝から始められたお祭りだそうだ。それはそれは厳しい生活の中で得られた糧だったことだろう。となればこのお祭がとても重要なものとして伝わってきたことも頷ける。日本の勤労感謝の日も新嘗祭からきているので収穫を感謝する祭ではあるが、勤労という言葉も良くないのか、収穫や自分達を支えてくれる人達に感謝するというニュアンスはどうも感じ取れない。言葉の選び方というのはやはり大事だな。

カナダ人でもさすがに現代ではこの日をそんなに重要視していない人もいるようだが、僕の周りでは実家に帰って家族と過ごす人が多かった。自分の周りにあるもの、周りにいる人に感謝するというのはいい風習だと思う。心で思っているだけではなく、たまに形で表現するというのはいいものだ。僕は大の日本びいきだが、こっちの連中のこういう「形に表す」「言葉にする」というところは見習うべきだなと考えている。日本では「言わなくてもわかる」とか「あえて形にせず、その裏を見抜かせる」といった繊細なやり取りが大事にされてきたわけだが、今のご時勢、それだけでは伝わらないほど透明度が下がっている。送信側も受信側もノイズを消すのにかなり苦労させられる。奥ゆかしさは美徳だが伝わらなければ意味が無い。形にするとか、はっきり言葉にするとかいう方法をうまく日本文化に取り入れて、新しい方法を生み出したいものだ。


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