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奮闘記

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2006-09-27 晋と普

_ 晋ちゃんまんじゅう

新たに安倍さんが首相になったことで、「純ちゃんまんじゅう」に続き「晋ちゃんまんじゅう」が発売されたらしい。その味を確かめようにもカナダにいてはどうしようもないのだが、それはさておき「晋ちゃん」という文字が目に入ると自分のことを言われているような気がして不思議な感じだ。僕の名前は「晋平」なので、晋ちゃんと呼ばれることも多いからだ。何故か親戚は昔から僕のことを「平」のほうを取って「ぺえちゃん」と呼ぶ。それを知った僕の友人が「ぺーぺーってこと?」と僕をからかったこともあるが、僕としては結構「ぺえちゃん」も気に入っている。何だか音の響きがいい。「ぱ行」の音ってそんなにあるもんじゃないし。

ところで、僕の「晋」という字には「物事を推し進める・昇進する」という意味がある。「日」の部分が的を表し、上の横棒に挟まれたタテ線・ナナメ線は2本の矢を表すのだそうだ。つまり、2本の矢が的に向かって進んでいる様なのだ。こっちで友達になった中国人のポスドクに聞いてみたら、確かに「この字は "promotion" という意味だね」と言っていた。僕はこの晋の字がとても好きだ。高杉晋作の名前に入っているとか、長野県出身の作曲家、中山晋平(童謡『しゃぼん玉』や『てるてる坊主』などが代表作)と同じ名前だとかいう理由もあるが、やはりもともと持っている「進む」という意味が好きなのだ。しかもこれに続くのは「平」である。これだけだとわからないが、実は僕の妹の名前は和華子で、僕と繋げると「平和」なのだ。つまり、「平和を推す」という意味なのだ。後付けかもしれないが、きっと親父に聞けば「そこまで狙ってつけた」とか言うだろう。そんな油断のならない親父なのだ。

「晋」の字に関してもうちょっと言うと、「2本の矢」というのも気になっている。僕は常に両極端のものを同時に走らせようとする傾向があるのだが(そしてそれはとても難しく、しょっちゅうへこんでいるのだが)、そのことをこの字が象徴しているように思えるのだ。さらに僕の名前「小林晋平」はハネなんかの細かいところを除けば左右対称になっている。このことも暗示的だ。ただし、僕は名前があるからこの性格になったとはあまり思っていない。もちろん、これまでに自分の名前は数え切れないほど書いているのだから、字が持つイメージが自分の性格に刷り込まれていることも十分考えられるけれど(そこが文字のすごいところだ)、逆に「こういう性格の人間だったからこそこの名前が与えられるようになっていた」という気もするのだ。きっとこれからもこの名が表すとおりの行動を取って行くのだろう。

最後にひとつお願いを。これは本当によくやられる間違いなのだが、僕の名前は「晋平」であって、「普平」ではありません。電話口などで自分の名前を説明するときに、昔は「高杉晋作の晋です」というフレーズも使っていたのだが、そうすると「普平」と書かれてしまうことがとても多かったのだ。どうやら「晋」の字のことを「普」だと思っている人は思いの外たくさんいるらしい。「普」の字は「晋」とは完全に別物なので、ご注意下さい。「普平」だったら、「普通で平凡」になっちゃうので・・・。ひょっとしたら、僕に毛が生えて「普平」になれたら「悟った」ってことなのかもしれないけどね。


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