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奮闘記

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2006-09-15 アイスワイン

_ 1年ぶりのナイアガラ

また長いこと更新をサボっていたらこんな時期になってしまった。昔からそうだが、本当に僕は物事が長続きしないな。「継続は力なり」か。まったくだ。肝に銘じよう。

さて、もう1週間くらい前のことだが、先週の日曜にナイアガラオンザレイクという町に行ってきた。ここはアッパー・カナダ(現オンタリオ州)の最初の提督官邸が置かれたところだそうだ。150年ほど前に建てられた建物が多く並んでいて、綺麗な街並みだった。日本人観光客もたくさん来ていた。この町の周辺にはワイナリーが数多くあり、僕らもここの特産品であるアイスワインを買った。アイスワインとは、原料となる葡萄を寒い時期まで収穫せずに取っておくと、凍ったり溶けたりを繰り返すことでその水分が飛んでしまうのだが、その葡萄の濃厚なエキスを集めて作られるワインのことだ。そんなワインだから味はとても濃厚で甘みが強い。酒好きな人にとってはどうなのか飲めない僕としてはわからないのだが、僕のようにアルコールの匂いもだめな人間でもこのワインならジュースのようで受け入れやすい。まあ、結局は酒なので僕はなめるくらいしか出来ないのだが。

凍った葡萄からは通常の葡萄の8分の1程度しか果汁が絞れないことや、葡萄を虫や鳥などから守って寒い時期まで保存しなければならないこと、そして凍っている間に果汁を絞るため、収穫は真冬の早朝に手作業で行われるといった理由から、普通のワインに比べるとちょっと割高である。アイスワインはウォータールーの酒屋さんでも売っているのだが、赤を見たことがないのでこの町では赤を買ってみた。店の人が言うには、赤は作るのが難しく、量が少ないのだそうだ。ちなみに味も白と赤ではだいぶ違った。赤の方がフルーツの香りが強く、何故かわからないが苺の匂いがした。

ナイアガラオンザレイクを散策した後は、久しぶりにナイアガラの滝を見に行った。ここは去年の夏に学会でトロントに来たときに見に行って以来である。ボーっと眺めながらのんびりした。1ヶ月ほど前にヒューロン湖に行ってから、このところは土日も毎日職場に詰めっぱなしで、平日も深夜2時くらいに帰ってくる生活を繰り返していて疲れていたので、いい休みになったと思う。

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2006-09-16 よくわかっていなかったこと

_ 第1期の終了としますか

今が別れの季節であることは前にも述べた。昨日もお別れ会ということで皆でバーに行った。今度ここを発つのはエテラ。彼とその彼女のラビートは、僕ら夫婦がこっちに来てから一番仲良くし、一番世話になったカップルだ。それだけに彼がいなくなるのはとても寂しい。知り合ってたった半年なのにちょっと落ち込んでしまうくらいだ。彼と遠距離恋愛になってしまうラビートの気持ちも伝わってくるので、余計に寂しい。エテラはとっても明るいやつでペリメーターのポスドク・院生連中のリーダー的存在だった。なので皆も特別な想いがあるようだ。ついでに言えば、しょっちゅう飲み会やサッカー、フーズボールなどをして遊びまくっているくせに、すでに僕の倍以上論文を書いていて(しかも僕より5歳くらい若い)、スタッフのポジションを得てフランスに帰ることになったという大したヤツなのだ。

昨日の飲み会はさすが彼の送別会らしく、とてもたくさん人が集まった。集まってくれたひとりひとりに気を使い話し掛けていたエテラを見て、さすがだなあと僕は思っていた。そういや僕らもこの町に来たばかりで友達が全然いなかった頃、彼が飲み会に誘ってくれたんだっけ。最初に行ったハイキングも、最初に行ったパーティーも彼が誘ってくれたんだよな。思い出すとまた余計に寂しくなるな。

今夜はまた別のポスドク、マリアの送別会だ。彼女とは、僕と一緒にこっちに来ている松浦君が彼女と机が隣だったという縁で仲良くなった。彼女もとても気さくな性格で、冗談も通じる。そんないい人がまたいなくなってしまう。

もちろんここを去る人がいる分、やってくる人もたくさんいる。しかし、人は「似ているからこの人で代用すればいいや」というものではないから、やっぱり誰かが抜けた穴は開いたままなのだ。穴ぼこだらけの風景はあまり気持ちのいいものではないけれど、人間に使える時間と空間は限られている以上、こいつはどうにも仕方がない。でも穴ぼこがあるってことは、それだけ深く人に入れ込んできた証拠だから、僕にとっては誇るべきことだ。それに、そいつが作っていった大きな山や広い海は別に消えるわけじゃない。そんなものが全部集まって僕の中の風景なのだ。僕は「いわゆるかっこいいこと」や「爆笑を取って目立つこと」のような俗っぽいことが大好きなのだけれど、それだけでなく、関わった人の中に「なんだかキレイな風景」を残せるようになりたい。それを僕にやった人達は実際いたし、中には一瞬でそれを成し遂げてしまった人もいた。僕はそれが僕にも出来ることだと信じる。

そういや僕が学生だった頃に実家の親が「今度の休みはいつだ」「次はいつ帰ってくるんだ」とさかんに言っていたな。友達とはよく「親ってそんなもんだよね」なんて知った風な口を利いていたが、親にとって子供が抜けた穴なんて人生の中で一番大きな穴だろうから、きっと本当に寂しかったんだろうな。

明日の日曜には、エテラを空港まで皆で見送りに行く予定だ。恥ずかしいから泣かないように気をつけないと(笑)

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2006-09-18 その瓶には何が詰まっているのか

_ 博物館に「住みたい」という感覚

外から見つめる機会が増えたからという気もするし、ペリメーターの壁がコンクリ打ちっぱなしだからという気もするが、自分が憧れている、本当にやりたいと思っていたスタイルがどんどん見え始めた。自分探しなんて言葉は若い人間が怠けるためだけのいいわけに過ぎず、自分ってのはいろいろ試して創っていくもんであって、どこにも自分なんか転がっているわけじゃないという言葉にも納得するが、同時に、すでにある程度の年齢まででそれなりに自分は創られていて、それを探すことも大事だという気もする。遺伝子や血にこめられた何かはきっとあるだろうから、何も「自分」は後天的にばかり創られるものでもあるまい。

32にもなってようやく見えてきたということに、何を今更と自分でも思う。しかし一方で、この遅さがいかにも自分らしく、納得もしてしまう。いろんな人によく言われることだが、僕は矛盾しているらしい。僕としては首尾一貫していると思っているのだが、人から言わせると違うようだ。確かに、異常に鈍感な部分とやたら鋭敏に発達した部分とがあるとは思うが、それは誰でもそうだろう。僕はこの年齢になるまで自分の好みすらよくわかっていないという成長の遅い人間であると同時に、小学校3年のときのクラス目標に「人間らしく生きる力を持とう」というテーマを提案した人間でもある。自分でも、これは小学校3年生が言う言葉には思えない早熟ぶりだと思う。まるで現代をすでに見透かしていたかのようなテーマだ。このときはさすがに「何が『人間らしい』のかを考えることまで含めて目標だ」とまでは意図していなかっただろうけれど。しかしまた一方で、いい齢して人見知りだし、肚も据わっていない。さすがに30代で貫禄とまではいかなくてもいいからそれなりの風格くらい出したいのだが、一向にそんな気配はない。

ところで最近見えてきた僕の好みだが、それは今自分がいる業界ではあまり見たことのないスタイルである。ちょっと違和感がある。しかし自分に嘘をつきながら続けられるほど宇宙の根源を覗くことは甘くはないから、僕は僕のスタイルを貫くことにしよう。こっちにいるあと1年半のうちに、基礎的な部分くらいは固められたらいいなと思っている。

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2006-09-19 席替え

_ 隣の部屋に行くのは意外とめんどくさい

新年度の始まりということで、研究所で部屋替え・席替えが行われた。今まではポスドクと院生は特に分けられることなく同じ部屋を使っていたのだが、今度からポスドク部屋・院生部屋と分けることになったようで、僕もポスドクだけの部屋に移ることになった。

小学校の頃からそうだったが、席替えというのは何だかいいものだ。仲の良い友達と近くの席になるかどうかとか、好きな女の子の隣になれるかとか、はたまた真ん中の一番前になってしまうかもしれないとか、ものすごくドキドキしたものだ。今となってはそんなお楽しみがあるわけではないが、そもそも僕は飽きっぽいので定期的に新しいところに移ること自体が好きなのだ。

ポスドクは院生より優遇されているようで、ひと部屋を3人で使うようなので広くていい(院生は同じ広さの部屋を5人で使っている)。ただし、ここで言っているポスドクとは僕のような Visiting Posdoc、すなわちペリメーター研究所以外のところに雇われている人のことだ(僕は日本学術振興会の研究員)。ペリメーターのポスドクは2人でひと部屋を使っているから、さらに待遇がいい。今度僕と一緒の部屋になった2人のポスドクは1人が超弦理論、1人が宇宙論の研究者なので、両方の境界領域で仕事をしている僕には都合がいい。席とか部屋というのは研究では結構重要だと思う。ちょこっと思いついたようなことをすぐに話せるかどうかは大事なのだ。

仲良くなった連中もたくさんここを発っていった。新しくやってきた人達もたくさんいるし、部屋も変わったことで何だか一区切りついたのかな、という感じがしている。

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2006-09-24 円谷英二

_ 2人目のイタリアン登場

シモーネが帰ってきた。ペリメーターのポスドクで、やたら陽気なイタリアンである。この2ヶ月、仕事だか遊びだかよくわからん理由でヨーロッパに戻っていたのだ。シモーネは最初に僕に会ったとき、

"I know some Japanese. Konnichiwa, Arigato, and Usero." と言った男だ。数多い日本語の中で、なぜ「うせろ」をチョイスしたのかはわからないが、彼がどっかの日本人に「うせろ」と言わせるようなことをしたのだろうと容易に推測される。たったこの一言で彼の人となりと、彼にどんな友達がいるのかわかってしまう。

シモーネは皆に手料理を振舞うのが好きらしく、これまでもよく土曜日にパーティーを開いていた。彼の作るイタリアンはなるほどうまいのだが、以前彼が焼いたパンらしきものは何だかやけに重く固かった。全く膨らんでいなかったのだろう。まだ彼のピザは食べたことがないが、「問題はイーストだ。いかに膨らますかだ」と言っていたから、きっとパンと同じような現象が起きているのだろう。そして別に問題はイースト菌じゃないような気がするのは僕だけだろうか。

昨日のパーティーには、最近ペリメーターのポスドクになったイタリア人、ミケーレもやってきた。ミケーレは僕らの隣の部屋に住んでいて、朝から大音量でダンスミュージックを垂れ流している男だ。普通なら嫌になるかもしれないが、これが僕の好きなジャンルと一致しているので、僕は毎朝「今日もいいの聴いてるなあ」と思っている。何しろこっちのクラブで掛かっているジャンルときたら、実につまらないものばかりなので、僕としてはようやく理解者が現れたことが嬉しい。ミケーレはアメリカでポスドクをやっていたこともあるのだが、その頃にはDJもやっていたそうだ。

ミケーレはやってきてすぐに下ネタを連発していた。僕の個人的な観測によると、カナダやアメリカの連中は下ネタ好きなやつが多い。女の子でもそうだ。しかもどちらかと言うと、日本の中学生が喜ぶようなちょっと幼稚な感じの下ネタが好きみたいだ。その他の笑いにしてもそうで、僕らからするとかなり幼稚なネタで喜ぶやつが多いことは否定できないと思う。ちなみにミケーレの下ネタはあまりにコア過ぎて、女の子達は引いていた。さすがだ。何しろミケーレは初めて会ったとき、「晋平、今度一緒に日本の映画を観よう。俺は日本の映画で気に入ってるのがあるんだ」と言ってきて、僕が「また『AKIRA』 とか『Ghost in Shell』とか日本のアニメでこっちでも有名なやつかな。それともクロサワとかかな」と思っていたら、「『ギニーピッグ』だ」と言って僕を驚かせたやつなのだ。「他にも、『鉄男』も好きだ。あ、『マタンゴ』も良かったな」と言っていた。素晴らしいぞ、ミケーレ。物理屋にあるまじき感じがいいじゃないか。どうやらちょっといっちゃってるのだな、君は。(ちなみに僕はスプラッターは嫌いです。だって怖いから。)

そんな彼だから女の子が着いていけないのも無理なかろう。マタンゴはイタリアで深夜放送されていたと言っていたが、やるなイタリア人。ちなみに、今まで知り合った外国人の中で、ドイツ人とイタリア人に対して特に親近感を感じることが多い。もちろん例外もいるけれど、何となく、そうなのだ。例えていうなら、「味付けの好みが一緒」なのだ。ドイツ人、イタリア人、そして日本人。納得できる気もしてちょっと微妙だ。むろん(?)、一番合わないのがアメリカ人だ。いいアメリカ人もいたのだが、その数の少なさと、嫌なアメリカ人の影響が強過ぎて、どうもいけない。マシなアメリカ人はもうちょっといないものか。これは切なる願いだ。いろんな意味で、「いいアメリカ人」が現れることは重要だ。僕の周りにも、世界レベルでも。マタンゴは理解できなくても勘弁してやるからさ。

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2006-09-27 晋と普

_ 晋ちゃんまんじゅう

新たに安倍さんが首相になったことで、「純ちゃんまんじゅう」に続き「晋ちゃんまんじゅう」が発売されたらしい。その味を確かめようにもカナダにいてはどうしようもないのだが、それはさておき「晋ちゃん」という文字が目に入ると自分のことを言われているような気がして不思議な感じだ。僕の名前は「晋平」なので、晋ちゃんと呼ばれることも多いからだ。何故か親戚は昔から僕のことを「平」のほうを取って「ぺえちゃん」と呼ぶ。それを知った僕の友人が「ぺーぺーってこと?」と僕をからかったこともあるが、僕としては結構「ぺえちゃん」も気に入っている。何だか音の響きがいい。「ぱ行」の音ってそんなにあるもんじゃないし。

ところで、僕の「晋」という字には「物事を推し進める・昇進する」という意味がある。「日」の部分が的を表し、上の横棒に挟まれたタテ線・ナナメ線は2本の矢を表すのだそうだ。つまり、2本の矢が的に向かって進んでいる様なのだ。こっちで友達になった中国人のポスドクに聞いてみたら、確かに「この字は "promotion" という意味だね」と言っていた。僕はこの晋の字がとても好きだ。高杉晋作の名前に入っているとか、長野県出身の作曲家、中山晋平(童謡『しゃぼん玉』や『てるてる坊主』などが代表作)と同じ名前だとかいう理由もあるが、やはりもともと持っている「進む」という意味が好きなのだ。しかもこれに続くのは「平」である。これだけだとわからないが、実は僕の妹の名前は和華子で、僕と繋げると「平和」なのだ。つまり、「平和を推す」という意味なのだ。後付けかもしれないが、きっと親父に聞けば「そこまで狙ってつけた」とか言うだろう。そんな油断のならない親父なのだ。

「晋」の字に関してもうちょっと言うと、「2本の矢」というのも気になっている。僕は常に両極端のものを同時に走らせようとする傾向があるのだが(そしてそれはとても難しく、しょっちゅうへこんでいるのだが)、そのことをこの字が象徴しているように思えるのだ。さらに僕の名前「小林晋平」はハネなんかの細かいところを除けば左右対称になっている。このことも暗示的だ。ただし、僕は名前があるからこの性格になったとはあまり思っていない。もちろん、これまでに自分の名前は数え切れないほど書いているのだから、字が持つイメージが自分の性格に刷り込まれていることも十分考えられるけれど(そこが文字のすごいところだ)、逆に「こういう性格の人間だったからこそこの名前が与えられるようになっていた」という気もするのだ。きっとこれからもこの名が表すとおりの行動を取って行くのだろう。

最後にひとつお願いを。これは本当によくやられる間違いなのだが、僕の名前は「晋平」であって、「普平」ではありません。電話口などで自分の名前を説明するときに、昔は「高杉晋作の晋です」というフレーズも使っていたのだが、そうすると「普平」と書かれてしまうことがとても多かったのだ。どうやら「晋」の字のことを「普」だと思っている人は思いの外たくさんいるらしい。「普」の字は「晋」とは完全に別物なので、ご注意下さい。「普平」だったら、「普通で平凡」になっちゃうので・・・。ひょっとしたら、僕に毛が生えて「普平」になれたら「悟った」ってことなのかもしれないけどね。

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