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奮闘記

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2006-08-06 幼少の砌に・・・

_ 山の朝がどうも好きになれない

結婚し家庭を持ってみると、自分の小さい頃のことをよく思い出すようになった。僕の実家の家族は旅行が好きで、ちょっとした連休でもすぐ出掛けたものだった。旅では寺社仏閣を訪ねることがとても多く、山奥まで行くこともしばしばだったので、電車や飛行機だと不便で、旅行はいつも車だった。渋滞を避けるため夜中に出発することが多かったのだが、子供だった僕や妹達にはそれがとても楽しみで、車の後部座席のシートを倒して布団を引き、そこで騒ぎながらドライブするのがたまらなかった。今にして思えば、父も母も夜中に出掛けることは楽しかったのではないだろうか。朝の空気に感じる「嘘くさいすがすがしさ」に比べたら、夜中の「ただじゃ終わらない感じ」の方がいいに決まっている。どうして朝の空気、特に山の朝の空気は「余計なおせっかいをしておいて、自慢げな表情すら浮かべている勘違い野郎」に似ているのだろう。

日帰りの温泉旅行も多かった。僕が中学に入るか入らないかくらいの頃は特に頻繁だった。今から20年くらい前のことだ(と、書いて時間の経過にちょっと驚いた)。毎週土曜には出掛けていたような気がする。今でこそどこに行ってもスーパー銭湯やその他様々なレクレーション施設があるので、「仕事帰りにちょっと温泉」とか「今日は家の風呂じゃなくて温泉でも行くか」なんてことが簡単に出来るようになったが、当時はそういった施設はほとんどなく、温泉地に住んでいるならともかく、普通は温泉と言えば旅館に泊りがけで行くものだった。しかしうちの実家は長野市なので、野沢温泉など近所の温泉地には1〜2時間もドライブすれば着いてしまう。泊まるほどではないが、毎週行くにはちょっとめんどくさいという微妙な距離なのだ。にも拘らず、うちの家族は毎週のようにどこかの温泉地に行っていた。時にはちょっと足を伸ばして諏訪温泉あたりに繰り出すこともあった。土曜にある温泉に行き、翌日の日曜にまた別の温泉に行くということもよくあった。群馬の草津温泉に行った翌日に今度は長野県を挟んで反対側の岐阜のどこかに行ったこともあったように思う(あれは恵那峡だったか。そして帰りに松本の浅間温泉に寄ったのではなかったかな)。まあとにかく思い付きですぐ出掛ける家族で、非常に欲張りだったとも言える。3連休に3日とも違う観光地に旅行するようなこともあったのだ。

僕はこのやり方を大学時代も踏襲していた。友人と旅行に行くときも夜中に出発し、朝方ひとつめの目的地、午後にはまた別の目的地というスタイルでよく出掛けたものだ。夏休みには、午前中は海、午後からはテーマパークに繰り出すというのがお気に入りだった。1日が終わる頃には本当にくたくたになるわけだが、それがまたたまらなく良かった。

ちなみに僕は仕事のスタイルも激務をこなすという方が好きだったのだが、これは最近ちょっとずつ変わってきた。勉強というやつは激務スタイルでも何とかなるようだが、研究というのはそう甘くないようだ。大事なのはむしろメリハリなのだと思う。異常に濃密な時期と、ほとんど完全に空虚な時期とが入り混じらないといけないのではないかと思っている。ひょっとしたら「毎日続けるのはやめたほうがいい」のかもしれない。というか、そもそも「完全にやらない」のはおそらく無理で、やっていないつもりでいても、頭のどこかにはそのことがこびりついて考えが動き続けている。そのとき一気に進むような気がするのだ。先生についているときなどは毎日でもいい気がするが、特にひとりでやるときは自分の中でそうしたメリハリを作った方がいいように思う。もちろん、やるべきことがはっきりしていてただまっすぐ行けばいいだけのときは馬力だけでがむしゃらに進めばいい。僕はこういうのを「無酸素研究」と呼んでいる。研究における無酸素運動である。

カナダに来てからはまだ強行軍的旅行はしていないが、ようやく生活にもリズムが出てきたので近いうちにやろうと思っている。まだ僕は妻と2人家族なので必要ないが、そのうち子供が出来てちょっと大きくなってきたら車の後ろのシートを倒して布団を敷いて旅行に連れて行ってやろうと思う。きっといい思い出になる。それから、親も連れて行ってあげたいと思っている。今自分がカナダにいて、すぐに親を連れて行ってあげられない環境なのはちょっと残念だが、2年もこっちにいるのだから、そのうちカナダを案内すればいいか。こっちに住んでいる日本人の人は皆、口を揃えて「親や親戚が来るたびに行くので、ナイアガラの滝は何度も行くことになるよ」と言っていた。きっと僕らもそうなるだろう。そのときは強行軍ではなく、のんびり出掛けることにしよう。

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2006-08-14 空飛ぶアルパカ

_ かき揚げを作るポルトガル人

ここカナダや欧米諸国では、学校などの年度(アカデミックイヤー)の始まりは9月である。そのため今の時期は日本の3月のような別れの季節にあたる。ペリメーターでも何人もの友人達がここをもうじき去ることになっている。仲良くなった友人、世話になった友人も何人もいるので、とても寂しい。ポルトガル人のポスドク、オスカーもそんな友人の1人だ。彼は僕と同様、超弦理論と相対論の境界領域が研究対象である。そして飲み会に必ず参加する数少ないストリング関係者の1人でもある。とにかくノリのいいヤツで、しかもしょっちゅうおもろいことを言っている。僕は笑いに関してははっきりいってうるさく、僕を納得させるほど笑いのセンスに長けたヤツにはあまり出会ったことがない。天然で面白いヤツは何人か見たが、狙って面白いことを言えるヤツには滅多に会えない。とにかく笑いが好きな僕としてはそんな人に会いたくてしょうがないのだが、そう簡単には会えるもんじゃない。東大時代にお世話になった先輩がかなりのセンスの持ち主だったので、カナダに来て会えなくなったのが本当に残念である。

オスカーは9月からスペインの大学に移るそうなのだが、彼は以前うちの妻がパーティーに持っていったてんぷらをとても気に入ったらしく、向こうに行っても自分で作ってみたいから是非作り方を教えて欲しいと言ってきた。そこでオスカーと、いつものエテラ&ラビートカップルをうちに招き、妻がてんぷらの作り方を見せてあげることにした。

オスカーは特にかき揚げが気に入ったらしい。パーティーに持っていったときには(と言っても、全て妻がやってくれるわけだが)、かき揚げは彼に限らず皆に大好評で、毎回あっという間になくなった。野菜なのでベジタリアンの人でも食べられるし、サクサクした感じはスナック感覚で馴染みやすいのだろう。

今回はかき揚げ以外に海老などのてんぷらも作ることにした。こっちにはあまり海産物はないわけだが、生で食べれるほど新鮮ではないものの、海老はいろんなところで売っている。キスやアナゴは見掛けたことがない(トロント近郊には海産物の専門店があるらしいので、今度探しに行ってみようと思っている)。そういえばホタテもよく見かけるな。カナダとホタテ。ふむ、あまり聞かない取り合わせだ。

かき揚げを作るところではオスカーにもやってもらった。きっと彼はカナダで初めてかき揚げを作ったポルトガル人じゃないだろうか。いや待てよ、トロントにはポルトガル人街があるほど、カナダ在住ポルトガル人は多いわけだから、日本食を作ったことのあるポルトガル人がいてもおかしくないか。

食事をしながら、またいろいろ馬鹿話に花を咲かせた。それぞれの国で動物の鳴き声はどう表現するかという話になって、「日本では馬の鳴き声は『ヒヒーン』だ」と僕が言ったら、皆に「そんな弱そうな鳴き声じゃサムライが乗って戦うのにふさわしくないぞ」と言われた。そう言われてみれば「ヒヒーン」ってあんまり強そうな音じゃないな。まあ、馬って普通は臆病なものらしいけど。戦闘用の馬は特殊な訓練を受けていて勇敢だと聞いたことがあるが、確かにそんな馬にヒヒーンはないよな。

他にも豚だの牛だの蛙だのいろんな鳴き声を出し合っていたのだが、オスカーがそこで一言、「じゃあ、アルパカは?」と言った。アルパカ??なんだそれ。僕と妻が顔を見合わせていたら、エテラとラビートが「ラマのことでしょ」と。そうなの?ラマなら聞いたことはあるけど、どんな動物だったっけ。あんまりメジャーな動物じゃないよな。オスカーは「アルパカはアルパカだよ。ラマじゃないよ」。エテラが「調べてみよう」と言ったので、僕らは早速オンラインの辞書で調べてみた。どうやら別の動物らしいがとても似ているようだ。どうでもいいが、アルパカの類語欄にラマがあるのはいいとして、ダライ・ラマがあったのはおかしくないか。ラマの類語ではあるがアルパカの類語ではないぞ。オスカーが「google のイメージ検索をしてくれ」と言うので、ALPACA と打ってみた。出てきたアルパカ画像、これはよかった。かなりいい。すごい動物だ。まず、何枚か出てきたアルパカ画像が同じ動物に見えないのがいい。これもそうなのか?みたいな画像がいくつもある。中には人間の顔もあったが、それは「アルパカ帽」という帽子を被っている人というだけだったようだ。そしてさらにオスカーが「見ろ!ここに Flying Alpaca ってのがあるぞ!!」と発見。おおっ、アルパカに複葉機の翼が着いた画像が。空飛ぶアルパカ。実にいい。さすがはオスカー。そもそもアルパカはなかなかチョイス出来る動物ではない。8月でいなくなってしまうのが余計に残念になってきた。

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2006-08-20 日本的価値観

_ 開かれた科学

カナダに来てしばらくした頃、ボーっとテレビのチャンネルを回していると『Celebrating Science』という番組があるのに気が付いた。これはペリメーター研究所が製作協力している番組で、ペリメーターやその他の近隣の大学で行われた様々な講演の模様を放送しているというものだった。僕が最初に観たときは、理論物理学の大御所ペンローズさんが量子力学の話をしていた(大御所を「さん」付けで呼ぶのも何だか妙な話だが、僕らの業界では一般的に「〜先生」という呼び方はせず、さん付けで呼ぶ。とはいえ外国ではファーストネームで呼び合うのが普通だから、その意味での違和感も覚えるが)。他にも量子宇宙論のハートルさんや、2004年にノーベル物理学賞を受賞したウィルチェックさんが講演している回などを観た。今日は宇宙物理学者のコルブさんの講演を放送していたし、昨日は僕の受入教官であるマイヤーズさんの 『Superstring Adventure』という講演の模様を放送していた。他にも量子情報の回などもあった。まだ物理学以外の回は観たことがないのだが、題名だけから察するには特に物理学のみに限っていないように思われる。

この番組、僕が観た数回だけでも、名だたる物理学者たちが講演していることがわかる。しかもこの番組は毎週放送しているのである(ひょっとしたら通年ではないのかもしれないが)。日本でも物理学者による講演会は少なくないが、それを毎週どこかのテレビ局で放送しているというのは聞いたことがない。CSとかにはそんな番組もあるのかもしれないが、ここカナダで放送しているこのチャンネルは特に専門チャンネルというわけではない。欧米諸国では科学に感心を持っている人が多いと以前から聞いていたが、実際その通りなのだ。ただし、日本でも宇宙に関する関心は高いようで、宇宙関連の研究者が講演するとなるとたくさん人が集まる。それに対して、こっちではどちらかというと素粒子や物理基礎論のようなものに興味を持っている人が多いようだ。数年前にブライアン・グリーンが超弦理論について書いた本『エレガントな宇宙』がベストセラーになったのもひとつの証拠と言えるだろう。

そうした一般の人の科学に対する関心もさることながら、それに応える側のサービスもなかなか充実している。例えばペリメーター研究所ではこうした講演会やテレビ番組の製作だけでなく、様々な勉強会も行っている。この間は、学校推薦や抽選などで世界中から高校生を集め、1〜2週間の勉強会を開いていた。そこでは研究所の教授・ポスドク・大学院生達が高校生に超弦理論やブラックホール、宇宙論の授業を行っていたのである。いくら物理に興味がある高校生とはいっても、専門的な深いことを教えることは難しいが、そもそもそんな必要などなく、自分達研究者がやっていることの面白さを伝えることがこの勉強会の目的である。教授達ばかりでなく、院生達も授業を持っているというのもとてもいいことだと思う。やっていることの面白さを伝えられるのは、何も業界に長く住んでそれを知り尽くした人間ばかりではない。まだ知識も経験も浅いが、がむしゃらに取っ組んでいる人間特有の情熱もまた、次世代の連中の心をつかむだろうと思うからだ。

また、高校の物理の先生達による勉強会なども催されていた。それに参加している先生はよほど意識の高い人達だろうと思うが、高校物理を教えるのに大学の学部レベルの物理知識だけで足りるかという問題を真剣に考えたことのある人なら、そうした勉強会に定期的に参加するなり、自身で研鑽を積まなければいけないことをわかってもらえるのではないだろうか。僕は大学・大学院時代を通じて9年間塾講師のアルバイトをしてきたが、様々に批判の対象となってきた大学受験「ごとき」の問題ですら、これを理解し切って教えるためには生半可な知識ではいけないと痛感させられた。人に物事を教えるには、背景にその何倍もの知識やあらゆる角度からの深い理解が必要となるからだ。しかも人は「教える相手がその力量の何割かでここまで教えられるのだ」と感じたときにその人の言に素直に従えるようになったりするものだ。子供というものは意外とよく見ているもので、常にいっぱいいっぱいの知識で教えている人になどついてこない。ましてや、背伸びして借り物の言葉で教えている先生など、信用されなくて当然である。全力で教えるということは、自分の持ち駒を全て使い切ってしまうことでは決してない。持ち駒を増やすことに全力を傾けるべきなのだ(教育に関するこうした僕の考えについてはまたいずれ機会を設けて述べていきたいと思っている。)。

ところで研究者の視点からすると、こうした講演会や勉強会への協力は研究時間が割かれるのでそうホイホイ引き受けれらるものではないと思う。講演にしても、喋っている1、2時間だけでことが済めばよいが、いくら知っていることを話すだけと言っても準備には時間が掛かる。良心的な研究者ならなおさらである。しかし、こういうことをやっていかねば、僕ら研究者の先も無いのだと思う。次の世代が現れなければ業界としては滅びてしまうからだ。もし、自分のやっている研究が重要だと胸を張って言えるのならば、それを滅びさせるわけにはいかないはずだ。また、自分の研究費の出所がどこにあるか理解しているなら、社会に還元することも常識である。して当然の奉仕であろう。自身と社会を繋ぐ意味でもやったほうがいいだろう。象牙の塔に篭っていてもろくなことはない。自身のためにも、世間のためにも。そしてまた、科学者で無い人達は科学者が何をやっているのか目を光らせていたほうがいいとも思うのだ。果たしてどれだけの意味があることをしようとしているのか、科学者は嘘を付いていないか、と。もちろん、こうしたことは科学に限ったことではない。政治などは目立つものなので誰しもその動向に注目しがちなものであるが、本来、どんな仕事であってもそうした視線に晒されるべきなのだ。少なくとも自問くらいはすべきななのだ。誰しもが自然な前提だと思っていることが本当に自然かどうか、問い詰める姿勢を忘れてはいけない。

ただしそのときは、決して近視眼的な目で見てはいけないだろう。最低でも千年先は見なければなるまい。どんなことであっても、百年先なんてけちなことを言っているようでは、小さく縮こまった窮屈なものしか出来上がらない。本当の意味で自分の子孫を大事にする人間も出来ない。人類は今までそうやって失敗してきた。目の前にいる人達の幸せしか想像出来ないようでは話にならないのだ。もちろん、今すぐの助けを必要としている人達には、先を見る前にすかさず駆けつけなければ意味が無い。その二つを同時に走らせなければならないのだ。足元と水平線のずっと先とを同時に見なくてはいけないのだ。僕は日本人にはそれが出来ると信じている。世界に先駆けてそういったものを打ち出していくのは日本の役目なのではないかとすら僕は思う。「日本的価値観」が必要とされる時代は必ずやってくる。日本人が持つ、互いに矛盾するものを矛盾無く和する能力、の出番ではないだろうか。

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2006-08-23 あれが夏だったのか

_ メモ程度にしましょう

たまにはブログらしく単なる軽く日常のことも書いておこう。僕は一旦書き始めるとどうも書きまくってしまうところがある。おかげで一回書き終えるとグッタリしてしまうこともしばしばだ。もっと気楽に書かないといかんのだろうな。

_ 実は再度ヒューロン湖に行っていた

この間の土曜にもヒューロン湖に泳ぎに行ってきた。以前行ってみたらとても良かったのでもう一度行きたかったのと、そのとき妻と仲が良いラビートが一緒に行けなかったので、連れて行ってあげたかったのだ。湖なので、お盆過ぎでもクラゲが発生するわけじゃないし、いつでもいいやと思っていたのだが、これは甘かった。ここカナダでは、夏がすでに終わってしまったようなのだ。実際、先週くらいから涼しくなり始め、ここ数日は最高気温が25度前後までしか上がらない。噂には聞いていたがこれは短い。

湖に行った日も結局24度までしか気温が上がらず、挙句雨も降ってきた。以前行ったときとは大違いで、湖に入ったはいいものの30分程度で耐えられなくなって上がってしまった。もうあとは冬に一直線なのだろうか。僕は長野県出身ということで、「じゃあ寒さは平気なんですね」と言われることがあるのだが、勘違いしないで頂きたい。確かに寒いところ出身の人間は寒さに慣れてはいるけれど、寒さに強いというわけではないのだ。まあ、京都に移ったときに「なんだ、底冷えで有名な京都の冬なんて大したことないな」と思ったのは事実だが。いずれにせよ、こっちの冬はマイナス20度以下になることもあるそうだし、僕にとっても未体験ゾーンだ。1日くらいは味わってみたいが、何日も続くのはちょっとなあ。

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2006-08-25 英語のこと

_ 誤解しないで頂きたい

今日は英語のことについてちょっと書こうかと思っている。ひょっとしたら、こっちに数ヶ月滞在すれば英語が喋れるようになると思っている人は多いのではないだろうか。もしそうだとしたらそれはとんでもない間違いである。僕もそうだし、こっちで出会った日本人の方も皆言うことだが、数ヶ月どころか1年こっちに住んだくらいでは流暢になど喋れるようにならない。もちろん、買い物のような日常生活に必要なレベルの英語は3ヶ月もすれば出来るようになるが、暢気な高校生の留学じゃあるまいし、仕事なり何なりでこっちに来た人で、そんなレベルで満足出来る人などいないだろう。その場合は、はっきり言って、かなり意識的に練習を積まなければいつまで経っても喋れるようにはならない。

僕はこっちに住んで5ヶ月になった。しかし、今の自分の英語力は全然満足のいくものにはなってない。外交官ほど喋れなければいけないわけではないが(もちろん話せるようになるならそれに越したことはないが)、出来るなら英語で喧嘩出来るくらいまでは喋れるようになりたい。別に喧嘩したいわけではなく(まあ、ちょっとしたい気がするのは事実だが)、焦ったり、気が動転しているときでもすらすら喋れるレベルまで持っていきたいのだ。さらに、話す内容のレベルにも問題がある。僕の今の英語力では日本の心意気を伝えることが出来ない。学校で習った程度のことなら少しはなんとかなるが、ちょっと込み入った話になるともうお手上げである。前にも書いた神道のことなどがいい例だ。まあ、神道に関しては日本人の間でもきちんと理解されていないことなので、英語だけの問題ではないのだろうけど。

そんなかっこいいレベルの話は遙か先のことなので置いておくとして、確かに、僕の会話力もちょっとずつは進歩している。友達と話す分にはストレスもあまり感じなくなった(同時通訳の人がやる訓練だという、テレビで聞こえた英語をすぐに真似して喋る練習がちょっとは功を奏しているのか。わからない単語はキリが無いほどあるが、そんなことはおかまいなしだ)。だが、ここがカナダだということを忘れてはいけない。カナダは移民が多いため、英語を母国語とする人達ばかりではない。英語があまり得意でない人が山ほどいるのだ。研究所にも生粋のカナダ人やアメリカ人、イギリス人は少なく、英語圏でないところから来た人が大半を占める。そのため、話すスピードもそんなに速くないし、はやり言葉や俗語のようなものはあまり会話に登場しない。難しい単語もほとんど現れない。しかも研究所の連中の多くが英語に苦労した経験を持っているので、相手の事情を考慮してくれる。そのため、僕のような英語に慣れていない人間でも気楽にやっていけるのだ。これがアメリカになるとだいぶ事情が変わるらしい。僕の共同研究者でアメリカにいる日本人も、1対1ならともかく、大人数で会話されると着いていけないと言っていた。僕もたまにアメリカ人だけのグループに囲まれてしまうと全然会話に着いていけず閉口させられることがある。バーなどで話しているとなおさらだ。周りの音がうるさいので、そもそも聞き取りづらいのだ。日本語ならば少々聞こえなくても補完出来るが、英語だとそうはいかない。仕事に関してもそうで、共同研究者が研究会などに参加していて離れたところにいるとき、skype などで話すこともあるのだが、回線の状態なのか、音質が悪いときは聞き取るのが大変で、僕と一緒に聞いているカナダ人のメンバーに「で、何だって?」と後で聞き直さざるを得ないこともある。

当初は僕も、英語なんていうものはせいぜい3ヶ月もすれば何とかなるものではないかと思っていた。しかし、それは全くの誤りであった。どこまでのレベルで会話をしたいかや、日本にいた頃にどのくらい練習してきたかにも寄るだろうが、僕がしたいと思っているレベルの会話力を身に付けるまでには4、5年は掛かると予想している(予定ではそれより前に帰国してしまうが・・・)。もちろん、これは努力すればするほど短縮出来るだろうし、本人がとても社交的な性格で、人とよく話すタイプならさしたる苦労も感じずにレベルアップしていけるだろう。もちろん年齢も重要だ。若ければ若いほど早く会話できるようになっていくだろう。幼児ならなおさらだ。僕と同様、30過ぎてから仕事でこっちに来た方々は苦労されているようだが、3、4歳の自分の子供があっという間に喋れるようになっていくと言っておられた。ただし、謙遜されていた部分もあるだろうし、向上心が高く自分に厳しい方々だったので、言葉を額面通りに受け取ってはいけないと思うが。

そんなわけで、「語学留学」と銘打ってただ漫然と1年くらい海外生活を送っただけでは、せいぜい友達が増えるくらいであまり得るものはないのではないかと今は思っている。中学生や高校生なんかだと、1年も住めばただそれだけでかなり流暢に話せるようになるそうだが、話せる内容はたかが知れている。しかも文法や単語などをしっかりマスターしていないと、日本に帰ってからすぐに忘れていくそうだ。周りに英語を喋っている人がいなくなれば、しっかり記憶していない人間が喋れなくなっていくのは当然だ。「聞く・話す」という力は「読む・書く」に裏付けされたものなのだ。となると、日本の英語学習法はそんなに間違っているわけではないということになる。このあたりは「会話重視」という最近の英語教育の流れを支持している人に耳の穴かっぽじってしっかり聞いておいて欲しい。

さらに言えば、喋れればいいってもんじゃないということも覚えておいて欲しい。確かに喋れた方がいい。それは間違いない。しかし、何をどう話すか。それこそがもともとの目的だったはずだ。それを教える、いや、考えさせる。そこまで滋味溢れる授業を作り出す。これは理想論だが、是非とも理想だけで終わらせたくないものだ。

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