トップ «前の日記(2006-06-29) 最新 次の日記(2006-07-12)» 編集

奮闘記

2006|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2007|01|02|04|05|07|

2006-07-03 CANADA DAY

_ オタワ旅行

7月1日はカナダの建国記念日であるカナダデーで、オタワでは様々な催しがあるので一緒に行かないかとエテラ&ラビートから誘われ、6月30日から2泊3日で行ってみました(出来ればついでにモントリオールやケベックシティなども回って、ゆっくりしてきたかったのですが、仕事の関係でそうも行かず・・・)。ウォータールーからオタワまでは約550キロの道のりなので、渋滞がなければ5時間半くらいで行くことができます。僕らはしっかり渋滞に巻き込まれてしまったので、13時半頃ウォータールーを出て、オタワについたのは20時半頃でした。

こっちのハイウェイで嫌なのは車間距離です。やたら近い。日本の教習所で「時速80キロなら80メートル、100キロなら100メートル」と教わりますが、カナダの連中は120キロくらいでも50〜60メートルしか空けないのです。で、こっちが日本の感覚で車間距離を保っていると、すぐその隙間に割り込んできてしまいます。しかも車線変更時にウィンカーを出さない人も多い。ウォータールーの街中で運転している分には交通マナーの悪さはめったに感じないのですが、ハイウェイはやはりいろんな人がいるようで。

_ さすが首都

オタワに到着してホテルへ。正確には僕らの泊まったホテルはオタワではなく、橋向こうのハル(Hull)という町にありました。オタワはウォータールーやトロントと同じオンタリオ州なのですが、オタワ川を挟んですぐ隣がハルで、ここはケベック州になります。ケベック州はフランス系の人が多いところなので、ホテルなどでも "Hello, Bon jour." と2種類の言葉で挨拶しているようでした。オタワ側から橋を渡ってハルに入った途端に道路標識がフランス語になったのにちょっと感動。国境を越えたわけでもないのに。カナダならではですなあ。

ホテルに車を置いて早速オタワを散策してみました。そしてすぐ、オタワが気に入りました。オタワには落ち着きがあって、堂々とした風格が感じられるのです。町の中心に立つ国会議事堂、オタワ川・リドー運河といった水のある風景、もちろん都会ならではビルなどもあります。これまでにカナダの大都市としてはトロントに行ったことがありますが、トロントはカナダ最大の都市で当然都会ですが、正直美しくはありません。一言で言えば「雑多」です。それはトロントが多文化都市だからでありそれがトロントの味ですが、どうにもトロントは「まだ答えを出していない」気がするのです。それに対しオタワは、すでにどこかに辿り着いているように思えました。

初日の夜はバイワード(ByWard)マーケットという市場&繁華街で夕食。ここはクラブもたくさんあるみたいで、若者で賑わっていました。

_ 博物館

7月1日は早速朝から式典を見に、国会議事堂前の広場に。警察騎馬隊の行進などを見ましたが、正直これはあまり大したことなかったので、博物館を見に行くことにしました。オタワにはたくさんの博物館・美術館があるため、とても楽しみにしていたのです。とはいえたった2泊3日の小旅行なので、国立現代美術館、カナディアンミント(カナダの造幣局のようなところ)、カナダ文明博物館、カナダ戦争博物館の4つだけでした。ノートルダム聖堂など、他にも見て回りたい観光スポットがいろいろあったのと、特に文明博物館はとても大きく、回るのに時間が掛かったこともあります。

文明博物館では、First Nation People の時代から近代まで、カナダの生活・風俗を建物などを再現しながら展示してありました。「再現系」が好きな僕にはそれだけでたまらなかったのですが、そうした常設の展示だけでなく、「カナダにおける看護の歴史」や「アイススポーツの歴史」といった特別展も楽しめました。この日に行ったスポットはどこもお勧めです。

_ またまた博物館

7月2日もまた、博物館へ。今度は戦争博物館を見に行きました。この博物館は昨年、スケールを大きくしてリニューアルオープンしたため

、これまた文明博物館同様、見応え十分で飽きることがありませんでした。フランス人が最初にカナダに新天地を求めてやってきた辺りから、冷戦時代に至るまでを紹介していましたが、特に興味深かったのはアメリカによるカナダ併合の危機のあたり。独立戦争の頃にアメリカ革命軍がカナダに攻めてきて撃退されたことや、南北戦争後にもアメリカによる併合の危機があったことなど、今まで全然知りませんでした。これを機にもっと調べてみようと思っています。


トップ «前の日記(2006-06-29) 最新 次の日記(2006-07-12)» 編集