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奮闘記

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2006-07-03 CANADA DAY

_ オタワ旅行

7月1日はカナダの建国記念日であるカナダデーで、オタワでは様々な催しがあるので一緒に行かないかとエテラ&ラビートから誘われ、6月30日から2泊3日で行ってみました(出来ればついでにモントリオールやケベックシティなども回って、ゆっくりしてきたかったのですが、仕事の関係でそうも行かず・・・)。ウォータールーからオタワまでは約550キロの道のりなので、渋滞がなければ5時間半くらいで行くことができます。僕らはしっかり渋滞に巻き込まれてしまったので、13時半頃ウォータールーを出て、オタワについたのは20時半頃でした。

こっちのハイウェイで嫌なのは車間距離です。やたら近い。日本の教習所で「時速80キロなら80メートル、100キロなら100メートル」と教わりますが、カナダの連中は120キロくらいでも50〜60メートルしか空けないのです。で、こっちが日本の感覚で車間距離を保っていると、すぐその隙間に割り込んできてしまいます。しかも車線変更時にウィンカーを出さない人も多い。ウォータールーの街中で運転している分には交通マナーの悪さはめったに感じないのですが、ハイウェイはやはりいろんな人がいるようで。

_ さすが首都

オタワに到着してホテルへ。正確には僕らの泊まったホテルはオタワではなく、橋向こうのハル(Hull)という町にありました。オタワはウォータールーやトロントと同じオンタリオ州なのですが、オタワ川を挟んですぐ隣がハルで、ここはケベック州になります。ケベック州はフランス系の人が多いところなので、ホテルなどでも "Hello, Bon jour." と2種類の言葉で挨拶しているようでした。オタワ側から橋を渡ってハルに入った途端に道路標識がフランス語になったのにちょっと感動。国境を越えたわけでもないのに。カナダならではですなあ。

ホテルに車を置いて早速オタワを散策してみました。そしてすぐ、オタワが気に入りました。オタワには落ち着きがあって、堂々とした風格が感じられるのです。町の中心に立つ国会議事堂、オタワ川・リドー運河といった水のある風景、もちろん都会ならではビルなどもあります。これまでにカナダの大都市としてはトロントに行ったことがありますが、トロントはカナダ最大の都市で当然都会ですが、正直美しくはありません。一言で言えば「雑多」です。それはトロントが多文化都市だからでありそれがトロントの味ですが、どうにもトロントは「まだ答えを出していない」気がするのです。それに対しオタワは、すでにどこかに辿り着いているように思えました。

初日の夜はバイワード(ByWard)マーケットという市場&繁華街で夕食。ここはクラブもたくさんあるみたいで、若者で賑わっていました。

_ 博物館

7月1日は早速朝から式典を見に、国会議事堂前の広場に。警察騎馬隊の行進などを見ましたが、正直これはあまり大したことなかったので、博物館を見に行くことにしました。オタワにはたくさんの博物館・美術館があるため、とても楽しみにしていたのです。とはいえたった2泊3日の小旅行なので、国立現代美術館、カナディアンミント(カナダの造幣局のようなところ)、カナダ文明博物館、カナダ戦争博物館の4つだけでした。ノートルダム聖堂など、他にも見て回りたい観光スポットがいろいろあったのと、特に文明博物館はとても大きく、回るのに時間が掛かったこともあります。

文明博物館では、First Nation People の時代から近代まで、カナダの生活・風俗を建物などを再現しながら展示してありました。「再現系」が好きな僕にはそれだけでたまらなかったのですが、そうした常設の展示だけでなく、「カナダにおける看護の歴史」や「アイススポーツの歴史」といった特別展も楽しめました。この日に行ったスポットはどこもお勧めです。

_ またまた博物館

7月2日もまた、博物館へ。今度は戦争博物館を見に行きました。この博物館は昨年、スケールを大きくしてリニューアルオープンしたため

、これまた文明博物館同様、見応え十分で飽きることがありませんでした。フランス人が最初にカナダに新天地を求めてやってきた辺りから、冷戦時代に至るまでを紹介していましたが、特に興味深かったのはアメリカによるカナダ併合の危機のあたり。独立戦争の頃にアメリカ革命軍がカナダに攻めてきて撃退されたことや、南北戦争後にもアメリカによる併合の危機があったことなど、今まで全然知りませんでした。これを機にもっと調べてみようと思っています。

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2006-07-12 薄い肉の話

_ チャイニーズカット

おおかたの日本人が想像しているように、カナダに売っている肉というのは日本に比べてやたら分厚かったり、大きな塊だったりする。というか、薄い肉がめったに無いのだ。中国食材や韓国食材の専門スーパーに行けば牛肉の薄切りはすぐ見つかるのだが、豚肉の薄いのが無い。そもそもカナダ生まれの人は豚肉をあまり食べないようで、牛肉売り場のスペースに比べると豚肉売り場はかなり面積が小さい。この辺りの事情はアメリカあたりでも同じなんだろうか。それともカナダはビーフイーターの国イギリスに文化が近いからなのだろうか。

お好み焼きを作るときに薄切りの豚肉が必要で、今までは妻が薄く切っていたのだが、こっちに住んでいる日本人の方から薄く切ってくれる肉屋さんがあると聞き、妻と行ってみた。薄切りのことを英語では chinese cut と言うのだそうだが、普通の肉屋ではこれが出来ないらしい。カットするための機械が無いのだろうか?機械さえあれば誰でも出来ると思うのだが。何だか変な話だ。

その店は森の小道のようなところの先にあり、こんなところの肉で大丈夫なんだろうかとちょっと不安になったのだが、抜けていくと先に精肉工場があり、どうやらそこの業者が直接経営している店のようだった。頼むとすぐにチャイニーズカットで用意してくれた。妻に聞いたところ値段も安いようだ。これで楽にお好み焼きが出来る。ちなみに「おたふくソース」はこっちにもあるのだが1本800円くらいする。日本の2倍以上である。お好み焼きの庶民性が薄れてしまう気がしてちょっと残念だ。こっちの友達にお好み焼きを振舞ったところ(と言っても妻が全部やってくれたので僕は何もしていないが)、好評だった。その後自分達でもやってみたと言っていたから、お世辞ではなく本当に気に入ったのだろう。さらにそのときたまたまいなかったイタリア人の友達が来週お好み焼きパーティーをやろうと言ってきた。うまかったとでも評判を聞いたのだろうか。彼は自分はパスタを作るので、僕にはお好み焼きを作ってくれと言っていた。お好み焼きとパスタか。まあ、焼きそばみたいなもんだと思えばいいか。にしても、「お好み焼き」と「パーティー」という言葉はどうも合わんな。「たこ焼き」なら合うのに。不思議だ。もんじゃ焼きパーティーに至ってはどこかに焼き討ちにでも行くようなアナーキーな響きすら感じる。実に不思議だ。

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2006-07-15 Grand Bend

_ 湖水浴

イタリア人のポスドクの提案で、ヒューロン湖にある Grand Bend というビーチに行ってきた。Grand Bend はウォータールーから真西に100キロちょっと行ったところにある。ウォータールーはオンタリオ湖、エリー湖にも近いが、オンタリオ湖などは汚染が進んでしまっているようで、泳ぐのにはヒューロン湖が適しているらしい。20人くらいで車4台に分乗して行ったのだが、僕らのバンは定員の7人がフルに乗っていた。僕の妻を除くとあとは6人とも男で、しかも僕ともう1人の日本人大学院生以外はゴツイ。なので車内は何だか男臭く、妻は軽く苦笑していた。行ったメンバーは男ばかりというわけではないのだが、何故かこうやって分乗だのテーブルごとに分かれるだの、カラオケで部屋が別々になるだのすると、僕のグループは昔から野郎連中が集まることが多い。しかもゴツイ奴等が。まあ、高校時代は応援団だったし、大学でも空手をやっていたりしたから仕方ない気もするのだが、ちょっと納得いかない気もする。男にモテる(決して変な意味ではない)というのは同性に嫌われるよりはるかにマシだが、もうちょっと女っ気があってもよさそうなものだ。妻帯者として言ってはいけないコメントかもしれないが、誤解を恐れずに言い切れば、ちょっと残念である。イタリア人とフランス人のポスドクの2人が運転する車には女の子ばかり乗っていたのと対照的であった。さすがラテン系。マンガ並みに期待通りの行動をしてくれる。

ビーチのある町はかなりの人で賑わっていた。ヒューロン湖は対岸が見えず、さすが五「大」湖と言うだけのことはあると感動した。潮の香りは当然しないが、見た目ははっきりいって海である。僕は海の無い長野県生まれなので、昔から海を見るたびに「海だ海だ」とはしゃいでしまうのだが、今回も例に漏れなかった。水は前日に雨が降ったせいもあってかちょっと冷たかったが、慣れてしまえば大したことはなく、塩水と違ってベタベタ感も無いので、とても快適であった。僕らは日本の感覚で、こっちのホームセンターで買った小さいゴムボートのようなおもちゃを持っていったのだが、友達はバレーボールやフリスビーなどを持ってきていて、結局それを使って皆で遊びまくった。結構混んでいたので、本気でフリスビーなんかを投げると危ないのだが、容赦なく投げ切る彼らの勢いは男前であった。ビーチバレーで飛び込みレシーブをして、目の上を切っていたやつもいたが、それもまた男前と言えよう。馬鹿なことを一生懸命やるとなんでこんなに面白いのだろう。本を持ってきてずっと読書している人達も多く見掛けたが、こういう楽しみ方もあるのかと思った。やはりカナダのように夏が短いところでは、精一杯夏を楽しもうとするのだろう。にしてもちょっと日差しが強すぎる気はしたが。とても楽しかったので、皆で「毎週来たいな」などと言いながら家路に着いた。

と、言いたいところだが、夜からウォータールー大学の研究者の自宅でパーティーがあったので、今度は皆でそこへ移動。ホスト役の彼は元ペリメーターのポスドクで、当然研究所の連中とはとても仲が良い。彼はパーティー好きらしく、僕らもこれで彼の家に行くのは3度目なのだが、どの時もとても楽しかった。今回もそうで、しかも僕らもようやく英語で雑談が交わせるようになってきたため、最初の頃のように周りに合わせて(聞き取れてないくせに)愛想笑いをする必要もなくなった。冗談のひとつも飛ばせるようになり、人を笑かしてナンボと思っている僕としてはやっとストレスを感じなくていいようになってきたのだ。

パーティーには25人くらい来ていて、いつも通り今回もとても盛り上がっていたのだが、実は毎回ちょっと引っ掛かっていることがある。それは、この手のパーティーを楽しんでいるのが「ループ重力」もしくは「量子情報」の研究者とその奥さん・彼女達ばかりで、「超弦理論」「宇宙論・相対論」の研究者を滅多に見ないことである。例外的に、1人だけいつも参加する、とってもノリのいいポルトガル人ポスドクはいるのだが、彼を除くと何故か僕しか超弦理論・宇宙論関係者がいないのだ。ペリメーターはどちらかというとループ重力の総本山の様相を呈しているので、それ以外のジャンルの人数が少ないのは事実なのだが、それを差し引いても僕と同ジャンルの人達のノリが悪い気がするのだ。以前 Foosball の決勝戦があったときも、見物に来ていたのは(研究所が用意してくれたピザ目当てで来て、食べるとすぐに帰った院生達を除けば)ループ重力の研究者たちばかりであった。これは一体何なのだろう。正直言って、少し悲しい。日本で僕が仲良くさせてもらっていた超弦理論研究者や宇宙論研究者はどちらかと言うと「仕事ほったらかしても取りあえず飲みに行くか」くらいの人も多かったのだが。あ、日本の皆、バラしてごめん。

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2006-07-20 宝島の地図

_ どうにも戻らない時間か、それともまた始まるのか

多くの人がきっとそうであるように、僕は金曜日が好きだ。正確に言うと、金曜日の夕方からの時間が好きなのだ。僕が小学生の頃はまだ週休2日制ではなかったので、翌日の土曜も午前中は授業があったのだが、小学生にしてみれば土曜の授業などほとんど遊びのようなもので、金曜日はその頃から「休みの前日」という位置付けだった。それだけでワクワクするには十分過ぎるほどだが、さらに金曜日の夜中にやっていたテレビ番組が気に入っていた。特に好きだったのは夜11時からやっていた『謎学の旅』と、その後確か11時半からやっていた『噂の達人』という番組だった。『謎学の旅』は、例えば「おじやのルーツ」はスペインの「オジャ・ポドリーダ」とか何とかいう名前の料理にある、という感じで様々なものの誕生秘話や、「かごめかごめの歌に隠されたメッセージとは何か」というような歴史ミステリーなどを紹介する番組だった。

僕は「根源」を覗くのが好きで、だからこそ物理における考古学とも呼べる宇宙論を研究している。超弦理論はそのための道具である。こうした科学というものは単なる説明体系であり、とどのつまり「最も尤もらしい屁理屈」である。そのため、ある現象を間違って理解したり勘違いしている場合には実際の現象と理論との間に食い違いが現れて、辻褄が合わなくなってくる。その変更があまりにも大きかったり、どんなに取り繕ってもすぐに新しい綻びが見つかる場合は「どうも根本から間違っていたようだ」ということになって、ガラッと異なる理論に移らざるを得なくなる。何しろ物理は「スポーツ」ではないので、いくらカッコいいルールの下で面白い結果が出たとしても、自然界がそのルールを採用していないことは往々にしてある。現実を記述するものではなかった、ということである。ちなみに超弦理論は今のところその大雑把な形すら見えていないため、はっきりいって、合っているのか間違っているのかすらよくわからない状態にある。我々研究者は日々、合っている証拠、もしくは間違っている証拠を探そうと苦心しているのである。超弦理論を信仰している人や、ただ単に飯の種として割り切っている人はいても、それが正しいと確信を持っている人などほとんどいないのではないだろうか。世界中の研究者に聞いたわけではないので、あくまでも予想だけれど。以前、「世界が11次元であることがM理論によって証明されたんですよね?」と素人の方から聞かれたのだが、「誰がそんなことを?」と聞き返してしまった。話がだいぶそれてしまった。元に戻そう。

さて、同じ「過去を探る研究」ではあるが、歴史においては人間の誤解や勘違いが非常に重要な役割を果たしている。科学では、勘違いや誤解は自然によって訂正される運命にあるが、歴史の場合はそのままそれはそれで新しい世界を作ってしまう。ちょうど単語の意味が最初の意味を失って、時代ごとに新しい意味を獲得するように。そしてひとたび新しい意味を獲得した後は、それこそがその単語の「正しい」意味になって、誤用や勘違いと呼んでいいのかどうかも怪しくなってくる。この、「人間が絡むことによってどうしようもなく変化してしまう」あたりがたまらなくいい。その不安定性がどこで発揮されて、これまでの流れを捻じ曲げ、別の平面に飛んでしまったのか、これが知りたくてたまらないのだ。簡単な例をあげれば、都市伝説が何をきっかけにして生まれたのかを知ることもそのひとつだ。

僕にとって金曜の夜は、そうした知的興奮を味わえる日だったのだが、何故か中学に入ったあたりから金曜の夜は特別な夜で無くなってしまった。『謎学の旅』がいつ放送終了になったのかは覚えていないが、主な理由はそこにあったのではなく、小学生の頃と違って夜遅くまで起きているのが普通になったり、部活などのためにそこそこ忙しくなったからだろう。そしてそうした日々はしばらく続き、大学院生の頃に至っては曜日の感覚などほとんどなくなった。塾講師のアルバイトがある日と無い日という程度の意味はあったかもしれないが、しばらくアルバイトがない時期などは、日曜に研究室に行って、大学構内の人の少なさに「あれ?今日、日曜?」などと思ったものだ。しかも塾講師は9年間やったが、そのうち7年くらいは毎週土曜日に授業を持っていたので、金曜の夜はゆっくり出来る時間など無く、好きな曜日とはとても言えなかったのだ。

ところがカナダに来て、再び金曜日の夜が好きになり始めた。研究者というのは四六時中何かを考え続けている生き物なので、仮に土曜が休みの日でもそれを忘れてしまい、金曜だからと言って特にどうこう思わないという人もたくさんいるのだが(そして東大でポスドクをしていた頃の僕もそうだったのだが)、こっちの連中は金曜にイベントを行うことがとても多く、いやでも区切りがついてしまう。土日に研究所に来ることがあったとしても、前日の金曜には大騒ぎするのだ。しかも酒の席で仕事の話はほとんどしない。するのはもっぱら中高生の頃にしたような馬鹿話なので、完全に「仕事スイッチ」をオフにすることが出来る。僕のように酒が全く飲めない人間であっても、である。結婚したため土日にはあまり研究所に行かなくなり、妻と過ごすようになったことも一因かもしれないが、いずれにせよ僕にとって金曜の夜は、一番好きな夜の座に再び返り咲いたのだ。

ところが、しばらくして金曜の夜にふっと寂しさを感じていることに気が付いた。そしてそれをよく見つめてみると、小学校の頃味わったあの感覚がもうないことから生まれた寂しさだったのである。知的好奇心を満たす感覚、物事の根源を探る喜び、そしてそういったことに背伸びして首を突っ込んでいるちょっと大人ぶった気持ち。考えてみればそれを最も味わえる仕事として科学者を選んだのだから、金曜の夜に限らず、毎日毎日その喜びを味わえるはずなのに、実は金曜の夜にも、他の夜にも、あのくすぐったいような高揚感が最早感じられないのだ。「科学者のありがたいところは、ずっと子供のままでいさせてもらえるところである」とは、僕の尊敬する研究者の先生がおっしゃった言葉だが、僕にはもうあの気持ちは味わえないのだろうか。もしそうだとしたら、それは取りも直さず、僕が研究者として向いていないということになりはしないか。それとも、僕は今、古い蔵の中で宝島の地図を探している段階にあって、7つの海を股に掛けるトレジャーハンターとしての人生はこれから始まるのだろうか。きっと超弦理論は、それが地図だとわからないくらい大きいのだ。そして僕らが持っている懐中電灯はとっても小さいのだろう。もっと目を凝らせばきっと見えてくるはずだ。子供じみた考え方だと笑わないで頂きたい。何故なら、科学者はずっと子供のままでいさせてもらえるのだから。

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2006-07-23 Surprising Party

_ 妻にはしょっちゅう迷惑掛けてるわけで・・・

1週間ほど前、妻が特に仲良くしているラビートから僕にメールが来た。内容は、7月21日が僕の妻の誕生日なので Surprising Party をやらない?というもの。もちろん大賛成!と即答した。僕は人を笑わせたり楽しませることが大好きだし、人の喜ぶ顔を見ることに特に幸せを感じる。形式上の僕の職業は物理学者だが、本当は自分はエンターテイナーだと(もしくはそうあらねばならないと)思っている。多くの物理学者がそう考えているように、僕も物理は美しくあってほしいと思うが、人を楽しませ、幸せな気持ちに出来るかどうかにこそ、「美しさ」の基準があると僕は信じている。そこに到達するまでには非常に厳しい場所も通過するわけで、その段階では美しいというよりも悲壮感すら漂うこともあるかもしれないが、それは漫才師がステージで爆笑を取るまでに影で何度もネタ合わせをするのと同じことだ。勿論、そういった段階ですら見る人を幸せな気持ちに出来たら「本物」にまで昇華されたことになるのだろうが、残念ながら僕はまだそこには至っていない。まだまだ先は長そうだ。

僕のお笑いに対するそんな熱い思いはさておき、早速ラビートと計画を練り、友達に誘いのメールを出した。皆、快諾してくれた。パーティーの段取りは、僕がまず適当に理由を付けてしばらく妻を外に連れ出し、その間にラビートに皆を僕らの部屋に入れておいてもらって、部屋へと帰ってきた妻を皆で出迎えて驚かせるというもの。よくテレビなどで見るあれだ。何しろカナダに住んでいる連中なので、時間通りに部屋に集まってくれるかどうかちょっと心配だったので、メールには "Be punctual as Japanese people are ! (日本人のように、時間は正確に!)" と書いてみた(実際は僕の杞憂に過ぎず、皆時間通りに集まってくれたのだが)。

土曜の夕方、僕は妻を近所の本屋に連れ出した。僕が突然「本屋に行こう」と言い出すのはよくあることなので、妻はちっとも疑いをもっていなかったようだ。ドキドキしながら時間をつぶし、予定時間の20時になったところで部屋へ。部屋のドアを開けて妻を中に入れ、僕の "Hey, We are home !" との掛け声で、一斉に皆が "SURPIRISE!!" と飛び出した!妻はびっくり。それもそのはず、20人以上も集まってくれていたのだ。妻は感動したようで、目には涙が。皆は "Crying for joy ?" とちょっと心配そうだったが、もちろん嬉し涙である。僕もちょっとウルっときた。

僕らはここに住んでまだ4ヶ月である。昔からの友達なんていない。皆、ウォータールーに来てから出来た友人である。しかし、こうしてたくさん集まってくれたのだ。ただパーティーが好きだとか、こういうことはよくあることだから、というだけではあるまい。彼らの人柄なのだ。乾杯の時に "Shimpei, you have to say something !" と言われたので音頭を取ったのだが、そのとき僕が言った "We are very happy to have such wonderful friends." という言葉は決して社交辞令ではない。そしてこれは妻のおかげでもある。妻はとても社交的な性格で、すぐに友達を作ることが出来る。皆にパーティーに呼ばれたときなどは、妻は料理やデザートを作っていくのだが、夫の自分が言うのもなんだがこれが本当にうまい。おかげで話題にもことかかない。今回のことにしても、妻がラビートととても仲良くなったのが一番のきっかけである。妻は mixi 繋がりでウォータールー在住の日本人の方ともたくさん知り合いになり、夫婦でお家に招かれたことも何回かあるが、多くの男がそうであるように、そうしたことは男1人でカナダに来ていたら出来なかっただろう。ありがたいことだ。

それにしても、僕らはつくづく友達に恵まれている。日本に居た頃もそうだったが、僕らの友達はこうやって「形」で心を示してくれる。僕はそうやって形や言葉に思いを乗せることはとても大事だと思っている。悲しいかな、人間はテレパシーなど使えないから、いくら相手のことを思っていてもそれは往々にして相手に届かない。しかし逆に言えば、形にすることは我々が血肉を持って生きている意味に繋がる大事なことだと言えなくはないだろうか。

昔、僕は形而下に落とすことでもとの情報量がどうしても減衰するような感じがして、形にすることを「堕落するよう」だと捉えていた。形にするということは、本来のもののある一面だけを射影することだと感じていたのだ。しかし、今、形を伴うことでより一層美しさが増した様々なものに触れるようになり、そうではなかったのだと感じている。確実に、具現化前と具現化後は両輪なのだ。それらは切り離せるものではない。優劣もない。だから勿論、僕は「観測されないなら存在しないのと同じだ」などという下らないことは決して思っていない。

話がまたそれてしまった。どうも僕の話はまとまらなくていけない。この「飛び」をそのまま絵に描くことが出来たら、シュールレアリスティックな味のある作品になると思っているのだが。いくらなんでも買い被り過ぎか。おっと、また飛んでしまった。パーティーの話に戻さなくては。

僕は何となく寿司を用意したくて、ウォータールー大学の近くにあるお寿司屋さんに頼んでおいたのだが、これは好評だったようだ。こっちでは寿司に限らず日本食はとてもウケがいい。たいてい、「日本食は大好きだよ!」と言ってくれる。実際、昼にお寿司屋さんに行っている友達もよく見掛ける。自国の料理を気に入ってもらえると、結構嬉しいものだ。そんなわけで皆にも喜んでもらうことが出来、時間はあっという間に過ぎた。そのまま2次会もやろうということになって、近所のバーに繰り出した。ワイワイ騒ぎながら歩いていく皆の背中を見て、僕達はただ嬉しかった。

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