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奮闘記

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2006-05-28 日本の役割

_ もう5月も終わりに

気が付けばもう5月も終わろうとしていますね。時の経つのは本当に早いものです。ブログの更新もいつのまにか10日以上途絶えていました。相も変わらず忙しく、それだけに充実した生活を送っています。

_ 伝聞だらけの似非インテリにはなるまい

実際に目にしてみると「思ってたのとは違うな」と感じることが世の中には多々ありますよね。例えば「謝る」ということについて。日本にいた頃「日本人はすぐに「ソーリー」と言う癖があって、国際社会ではそれは美徳でも何でもない。すぐに謝るような連中は国際社会では勝てない」という論調の文をよく見かけたものです。実際こっちでも何回か「日本ならここで謝るな」というところで相手が謝らず、不愉快な思いをしたこともあります。

しかし、ちゃんと謝る人は多いんですよ。というか、ほとんどの人はちゃんと謝ります。ここが訴訟大国アメリカではなくカナダだということも理由のひとつかもしれませんが、ほとんどの人はきちんと謝ります。日本人はその中でもよく謝るほうではあるのですが、それも「日本人は礼儀正しい民族だ」と考えている人も多く、決して否定的な捉え方だけされているわけではありません。

謝らない人にしても、「悪いとわかっているのに謝らない」という人は少ないんですね。「謝る基準が違う」というだけなんです。例えばこちらでは店の店員と客は対等の立場です。日本のようにお客様は神様ですという考え方ではありません。なので、自ずと客に対する接し方も変わってきます。何かトラブルがあったときに日本のように店側が平謝りするということはないわけです。

無論、「悪いとわかってるくせに謝る気がないんだな」という人もたまにいます。しかしその割合は日本と一緒です。そして、日本でも頭を下げながら舌を出している人なんてたくさんいます。つくづく、「どこも変わらないな」と感じるようになりました。

_ 愚問。

ところで、人に対して済まないと感じたときに謝るのは美徳でしょうか。愚問ですね。美徳です。当たり前です。世界中どこに行っても。そんなことすら理解していないような幼稚な国に踊らされないよう気を付けましょう。

我々日本人は自己主張出来ないのではありません。出来るけれども相手の気持ちを慮って引いてあげているだけです。「出来るけれど敢えてしない」と「出来ない」では大違いです。自己主張するのみで、相手の気持ちを考えることに思い至ることすらない、そんな子供じみた国にはそろそろ大人がガツンと言わねばなりません。

しかし一方で、痛いところをストレートに突かずに優しく包んであげるのもまた、素晴らしい方法です。日本が得意とするその優しさこそが、これからの国際社会に必要なのです。

「あの人が来るといつも場が明るくなるな」なんて言われるような人になりたいものです。世界中どこに行こうとも。


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