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奮闘記

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2007-07-13 変わらなくてもよいもの

_ ヨーロッパにて

国際会議と共同研究のためにスペイン・ドイツ・デンマークを訪れた。デンマークでは久々に共同研究者と直接議論をすることができ仕事の意味ではもちろんよかったけれども、それ以上に、懐かしい顔を見ることができたことが嬉しかった。考えてみると、このメンバーとの共同研究も6年近く続いている。初めて一緒に仕事をしたのは僕がまだ大学院博士課程の頃だった。彼らとやった仕事は僕の博士論文の中心となった思い出の仕事である。

共同研究者のうち1人は、僕の大学学部時代からの友人である。昔から汗水たらして頑張っているやつだったが、こっちでも相変わらずだった。僕にはそれが嬉しかった。

彼を始め、大学時代の何人かとは自主ゼミをしたりして一緒に勉強してきた。その仲間とは今ももちろん連絡を取り合っているが、誰と話しても相変わらず頑張っている。僕は彼らが「頑張っているから、すごい」と二つの意味で、感じる。

ひとつは、頑張っていることによってどんどん力をつけているからすごくなっているという意味で、もうひとつは頑張り続けているということ自体がすごいという意味だ。

一生懸命やっていれば、たいがいのことは何とかなる。これは間違いない。(「たいがいってどのくらいだ」とか小さいことを気にしているヤツには何もできない。)だからすごくなるのは当たり前だ。しかし、頑張り続けるのはなかなかしんどい。誰だって人間だから、調子の悪い日もあるだろうし、どうしようもなく落ち込むこともあるだろう。しかし、めげない。とにかくしぶとい。頑張り続ける、というその姿勢は若い頃から一向に変わっていない。

僕を含め僕の仲間達は「切れる」というタイプではなく、どちらかというと要領があまりよくない。「押してもダメなら引いてみろ」すらままならず「押してもダメなら押し倒せ」くらいのヤツが多いと思う。でも、「無理が通れば道理引っ込む」でやり抜いてきた。そうやってやってこれた理由のひとつは、仲間意識が強かったことかもしれない。日本にいたときはしょっちゅう飲み会だのなんだのをやって集まっていた。学生時代に比べられば少々回数は減ったが、それでもよく集まっていたと思う。仲間が多いと、誰かがくたばっても別のヤツが支えることができる。そして、あいつが頑張っているんだから俺も恥ずかしいことなんかできない、と思えるようになる。そう思えないようじゃあ友達でもない。もちろん長く付き合っていれば喧嘩もある。実際喧嘩もよくした。けれど、それでもまた笑って飲み会ができるのだから本当の友達っていうことなんだろう。

もがいて、あがいて、必死になって、だからこそかっこいい。一生懸命やってるからかっこいい。当たり前のことだが、改めて感じた。

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2007-05-06 南の島で研究を

_ やっぱり春は無かった

気が付けばもう5月。カナダには当然ゴールデンウィークはないが、やはり日本の動きは気になるので、この一週間ほどは何となく日付をチェックしていた。

日本はすでに暑くなっているようだが、ウォータールーもようやく暖かくなった。風は少し冷たいこともあるが、とにかく陽射しが強い。夏の日差しだ。車を屋外の駐車場に止めておいて買い物をして帰ってくると、車内が夏のあの暑さになっている。僕は寒さに弱いので(変温動物のようだ)この暑さは大歓迎だ。テンションも上がる。仕事のペースも上がる。逆に冬はどうにも考え方まで暗くなっていけない。これでは仕事にも支障をきたすので、今度の冬は南へ脱出するとしよう。どっか赤道付近にでも共同研究者が転がってないかな。

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2007-04-05 近況報告

_ ずいぶん長い間更新してなかったな

気が付けば2ヶ月近く更新してませんでした。これは何もサボってたのではなく(もともと誰に頼まれた義務でもないんで当たり前ですが)、いろいろと考えるところもありまして。首を長くして更新を待っていた人もいることでしょう。きっと。たぶん。だといいな。

この2ヶ月間にも、いろんなイベントがありました。例えば、Waterloo の近くに Cambridge という町があって、そこにトヨタのプラントがあるんですが、そこにお勤めの方のご紹介で、プラント見学に行きました。モノづくり、やっぱりかっこいいですね。特に、大きなロボットがガンガン動いて車が出来ていく様は、男なら心躍る光景なんじゃないでしょうか。あと、ペリメーターのイベントで、St.Jacobs にある、メノナイトのメープルシロップ工場に行きました。sap(メープルの樹液)を煮詰めるところを間近で見ることが出来ました。以前、メープルシロップのグレードは何で決まっているのか、いろんなことがウェブに載っている、ということを書きましたが、正しい答えは「採取の時期」でした。煮詰めていくときの上澄みの方が extra light で、下に沈んでいる成分が dark だ、ということをどっかで見ましたが、それは嘘だそうです。採取時期が後の方になるにつれ、 extra light・light・medium・amber・dark の順に色が濃くなって、メープルの香りが強く残るようになるとのことでした。メープルシロップは、作っている場所ごとに香り・味が違うと言われますが、確かにここで買ったものは、普段うちで使っていたものとだいぶ香りが違いました。他にも、PIのスタッフのジャスティンの家でパーティー、ポスドクのビアンカの誕生パーティー、院生のヨハネスのお別れ会なんかがありました。相変わらずパーティーは多いです。ヨハネスは、PIで一番仲良くなった友達なので、彼が母国ドイツに帰るのはとても寂しいです。仲良くなる頃に帰国になるのか、帰国が近い人に限って仲良くなるのかはわかりませんが、オスカー、エテラ、ダニエル、ヨハネスと、こっちに来たときからいろいろ世話になって仲良くしてた連中がどんどんPIからいなくなってしまうので、新しい連中が来ているとはいえ、どうにも寂しさが残ります。何となく、明るい連中からいなくなっているような…。

といいつつ、僕もここにいられるのはあと1年。去年はストリングプロパーな内容の勉強を中心にやってきましたが、今年はもともとの僕の興味である、重力系への応用の方に再び戻っていこうと考えています。

_ また寒くなった

午後6時現在、外の気温はマイナス6度。1週間ほど前までは比較的暖かく、「カナダにも春が来たか」なんて思ってたんですが、甘かったです。そういえば、去年この時期にこっちに初めて来たときも、雪が降ってました。確かこの寒さが終わったと思ったら、一気に日差しが強くなった気がします。カナダの気候に、「徐々に」という言葉を教えてあげたいものです。

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2007-02-14 バレンタインデーということで

_ 外食は冒険なんですよ

今日はバレンタインデーということで、妻と食事に出掛けた。日本ではバレンタインデーというと女性から男性にチョコをあげる日だが、こっちでは男性が女性に贈り物をする日ということで、今日は妻の好物であるシーフードのレストランに連れて行くことにしたのだ(といっても、妻は日本式のバレンタインということで手作りのマドレーヌをプレゼントしてくれた)。ちなみにカナダでは、バレンタインにはリムジンをチャーターして彼女を食事に連れて行くやつもいる。かっこつけるときは徹底的なんだな。まあ、日本人だってハレとケをわかっている民族だから、本来はそういうことが好きなはずなんだが。

今日はちょっと早めに研究室を出て、6時ちょっと前くらいにはレストランに着いていたのだが、店はすでに大勢の客でごった返していた。予約を取っていなかったことを少し後悔しつつ結局30分くらい待ったのだが、ここウォータールーにもこんなに混んでいるレストランがあるんだとわかって何だか嬉しくもあった(笑)。味の方も満足で、久々にいいところを見つけた感じだ。寿司なんかの場合、どうしてもネタのレベルは日本には適わないし種類も少ない。今日のレストランもシーフードだったので行く前は少し心配だったのだが、仲良くさせてもらっている日本人の方達に事前に評判を聞いて選んだ甲斐あって、今日の店はうまかった。前にペリメーターのクリスマスパーティーが開かれたステーキハウス以来のヒットか。まあ、そのステーキハウスは酒を飲まない僕ですら100ドル(日本円で1万くらい)近く掛かるところなので、うまくて当たり前かもしれないが。

それにしても、海外で暮らす人間にとって外食は冒険だと思う。最初の頃は言葉に慣れていないのが主な理由だが、言葉が話せるようになっても新しい店に行くときはちょっとした勇気がいる。海外旅行で経験している人が多いと思うが、海外の場合、まずい店はむちゃくちゃまずいからだ。日本国内でなら、いくらまずくても限界がある。まずいとはいえ、日本的な味付けではあるからだ。しかし海外だとそうはいかない。まずいくせにやたら量が多かったりするし、もう拷問である。そんなサービスいらないから質を上げてくれと思ってしまう。博士課程の頃ケンブリッジに行ったときに、試しに日本食のレストランに入って餃子を頼んでみたら、つけダレが酢醤油と見せ掛けて黒蜜だったことがある。カレーとは名ばかりの、味のしない黄色い液体が出てきたこともある。中華料理なら大丈夫だろうと思ってロンドンで入った店では、「焼豚炒飯」と書いてあるのに、普通に炊いた米の上にゆでた白菜を乗せ、その上に甘いタレの掛かった焼豚が乗っていたこともある。「これが焼豚炒飯か」と聞いたら、何のためらいもなく「そうだ」という答えが帰ってきた。おそらく、店の人は誰一人中華料理を知らなかったのだろう。今となってはいい思い出だが、その時は初の海外旅行で、しかもそれが国際会議で発表するためだったので、緊張しまくって胃を壊していたため、日本の飯がとても恋しかったのを覚えている。ロンドンで日本食材の店を見つけて、ぺヤングを買ってホテルで食ったっけ。500円くらいしたと思うが、涙が出るくらいうまかったな(笑)。

今は妻と来ているおかげで普段の食事には何の不自由もないが、とてもありがたいことだと思う。研究者だけでなく、一般に海外に単身赴任する人は精神的にキツくなって、帰国してしまったりすることも多いそうだ。日本語で喋れる時間があること、いつもの飯が食えること、これは本当に大事なのだ。明治時代なんかに、国から派遣されて海外で勉学に励んだ諸先輩方はきっと1人で来ていたのだと思うが、今のようにテレビもネットもない時代、しかも手紙なんかではそう頻繁にはやり取りも出来ないし、どれだけしんどい思いをしながら耐えたのだろうか。つくづく頭が下がる。

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2007-02-04 Boys' Night

_ 30を過ぎても

今日はFさんの送別会だった。Fさんは日本の企業から派遣されてウォータールー大学に来ていて、この2月で任期を終えて日本に帰国するのである。Fさんと僕が同じ大学出身だとわかったときは、海外で心細かったこともあり、昔からの知り合いに会えたような、そんな気持ちになったことを覚えている。

Fさんは家族連れでこっちに来ているので、ウォータールー・キッチナー在住の他の日本人家族の方々同様、うちも夫婦で仲良くさせて頂いている。そのため送別会も子供達も交えた家族バージョン、奥さんだけのバージョンなどいろいろ企画されているのだが、今日の送別会は男だけの集まりだった。名付けて Boys' Night。こっちでは奥さん達が集まる会を Girls' Night とよく呼ぶので軽い気持ちで Boys' Night と呼んだのだが、奥さん連中からは鼻で笑われた、と企画したKさんが言っていた。まあ、集まった中で最年少の僕が32歳なのだから仕方ないか(しかし、奥さん達が Girl を名乗っても黙って暖かい目で見守るのが男というものである)。

さて、送別会(というか単なる飲み会なんだが)はケンブリッジにあるスポーツバーでやった。今日はスーパーボウルの日なので、スポーツバーで観戦しながら盛り上がろうというわけだ。カナダでもNFLはやっぱり人気があって店は混んでいた。プレーの時はテレビに集中、合間のCMの時に会話という感じ。それでもやたらCMが多いので、たくさん会話も出来てよかった。今日は結構風が強く、体感温度がマイナス22度だったので早めに解散ということになったのだが、スーパーボウルの会場であるマイアミとは対極的だった。カナダの冬はあと3ヶ月続く。日本に帰国するFさんがちょっと羨ましい今日この頃である。

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2007-02-02 PI's Ski Trip

_ レクレーションがやたら充実

今日はペリメーター研究所のスキートリップに行ってきた。場所は Blue Mountain というところで、ウォータールーからは車で2〜3時間くらい北に行った所にある。この辺では一番いいスキー場だそうだ。ペリメーターの様々なイベントの中でも、このスキートリップは最も人気があるらしく、今日は60人ほどが参加していた。もちろん、ペリメーターがやるからには、スキーやスノーボードの道具一式、リフト券も全てペリメーター持ちである。行き帰りは貸切バス。いつも通り、僕ら研究所の人間だけでなく、家族も同伴可である。彼女を連れてきている人もいたから、仲のいい友達なんかも連れて行けるのかもしれない。先に言ってしまうと、研究所に戻ってきた後には、研究所のレストランに夕食まで用意されていた。至れり尽くせりとはこのことだな。ペリメーターはこうしたレクレーションがやたら充実している。仕事を忘れても仕方ないな(笑)。しかも今日は金曜日。平日に皆で遊びに行っているのだ。まるで小学校の遠足みたいだ。

バスがスキー場に近付くにつれ、「実家に帰ってきたみてえだ…」と思い出した。うちの実家もスキー場の近くにあるため、風景が似ていいる。看板が英語であることを除けば、スキー場なんてのはカナダも日本も大差ないし。スキー自体が西洋から近代になって日本に入ってきたものなんだから、当たり前か。ちなみにウォータールーも長野市に雰囲気が似ているので(縮尺が違うが)、時々カナダにいる気がしなくなることがある。懐かしいような気すらするから不思議だ。あ、今ふと思い出したんだが、なぜ、長野は信州と呼ばれることが多いのだろう。スキー旅行のパンフレットなんかを見ても、ほとんどが「信州」だ。「長野」と書かれてもピンと来ないくらい、信州の方が定着していると思う。やっぱり信州という響きがいいのかな。命名のセンスから言えば、信州信濃の方が長野より圧倒的にいいな。長野県歌も『信濃の国』だし。

Blue Mountain に話を戻そう。雪質だが、気温が低いことと乾燥していることから、とても軽くて非常に滑り易かった。僕は今までに長野、いや信州のいくつかのスキー場と、関西のスキー場にしか行ったことがないが、それらのどこよりもいい雪質だった。やはり日本のような海に囲まれた土地に降る雪は、それがいくら高山を越えて内陸側に降るものであっても、どうしてもカナダに比べれば湿度が高くなるのだろう。そういえばこっちでは雪かきをするのも楽だ。降る量が少ないのももちろんあるが、そればかりではなく、雪がやたら軽いのだ。その代わりかたまりにくいからなのか、雪だるまとか、かまくらとか、雪で何かを作って遊んでいる光景を全く見ない。まあ、日本でも最近は雪で遊んでいる子供が少ないらしいが。

このスキー場は、志賀高原なんかに比べると規模は小さいが、うちから車で行ける範囲にこれだけのスキー場があるのは嬉しい(キッチナー市内にもチコピーというやたらかわいい名前の小さいスキー場もあるのだが、それは小さすぎる)。長野に生まれるといいスキー場が周りにあるのが普通なので、何となく贅沢を言ってしまうが(しかも僕はそんなこだわるほどうまいわけでもなんでもないのだが)、カナダでも一番都会のオンタリオ州に住んでいながらスキーが出来るというのは恵まれている。ちなみに、うちの妻は初めてスキーをしたのがうちの実家からすぐのスキー場で、そのときはほとんどゲレンデ貸切状態にガラガラだったし、2度目となる今回はいきなりカナダのスキー場だ。やたら恵まれている気がする。

あっという間に時間は過ぎ、滑り足りない感じを残して今回は終了。今度は自分達の車で来て、もっと長い時間滑ることにしよう。いやあ、ほんとペリメーターに感謝。おしむらくは、滑ってばかりいてロクに写真を撮らなかったことかな。集合写真なんて一枚もないや。ちょっともったいなかったな。(一番下の画像の、ジッパーについているのがリフト券。シールタイプになってて、貼り付けて使います。日本のとはちょっと違いますね)。

リフトは結構混んでましたもうちょい晴れてたらよかったなこんな感じの village がありますたまには元気な姿を見せとかないとね(笑)

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2007-01-31 進化の「仕方」

_ 何を持って進化とするかが難しいのだが

東大で研究員をしていた頃に、研究室のポスドク・院生達と夜中に怪談で盛り上がったことがある。12、3人くらいはいただろうか、どの人も「あっちの世界のモノが実在してたら嬉しいよね」と考えていたことを覚えている。科学者という人間が周囲からどう思われているかはよくわからないが、「既存の科学が知らないこと」を毛嫌いしていると思ったら大間違いである。ユーレイでも何でもいいが、私達がまだよく知らないものや、解明されていないメカニズムで動いているものが「実際に」あるのなら科学者はむしろ喜ぶはずだ。そこには「これでまた新しい飯のタネが出来る」という打算的な思いもあるかもしれないが、基本的に科学者は好奇心の塊なので、自分が知らないことが世の中にあるならそれを嬉しく思う人種なのだ。何かにつけ、「そんなものは科学的ではない!」とテレビで叫ぶ人もいるが、その人にしても、多分に面白おかしくメディアによって作り上げられてしまっているだけで、実際はそれほど頑なに主張しているわけではないと思う(好意的に捉えれば、だが)。だいたい、科学に携われば携わるほど、普通はその適用範囲の狭さに悲しくなるものなのである。科学に出来ることはとても少ないし、さらにそこへその科学を使いこなせるかどうかという個人の力量や運なんかを掛け算して考えなくてはいけないので、ますます出来ることは減ってしまう。世の中には研究自体が好きで、研究さえ出来ればテーマは何でもよいという人もいるから、そういう人は「研究できること」を探してやり続ければ満足出来るかもしれないが、「知りたいこと」があって研究の世界に入ってきた人にとっては、この現実は歯痒いばかりだろう。

研究の世界が想像より地味だということも、研究者がよく味わう辛い事実の1つである。ただし、ここで僕が言っているのは、毎日の研究生活が地味だ、ということではない。それは当たり前である。芸能人のような、一見華やかに見える業界だって、生き残るには地味なことを積み重ねなければ続くわけがない。僕が言いたいのはそっちの地味さ加減ではなく、科学、というか、ジャンルは何でもいいのだが、一般的な学問の進化・進歩の地味さ加減の方である。ある相対論研究者が著書の中で書いていたが、「科学の進歩は、紙に水が染み込む様に、じわじわと広がっていくもの」なのだ。そして、気付いたらこんなにも広がっていた、という類のものなのである。僕はこの世界に入るまでは、進歩というと階段状のものを思い浮かべていた。それこそ、毎日が小さな階段を登るような「進化の連続」だと思っていた。しかし実際に仕事をしてみて、「水が紙に染み込んで広がっていく」感じとは実にうまい喩えだと思うようになった。ゆっくりゆっくりと、しかも平面的に広がっていくものなのだ。目に見える立体的な発展は、紙を水が全て埋め尽くすまで、ない。確かに、どこかでパラダイム・シフトは起きる。起きなければ、困る。しかし、新しい紙の必要性が叫ばれるのは、水が全て紙を浸しつくして飽和したときなのだ。きっと「進歩」というのは、それが何についてであってもそういうものなんだろう。

人間なら誰しも、自分がその新しい紙を用意する人間になりたいと思うのではないだろうか。無論、そこには名誉欲もあるだろうが、自分を縛っている全ての理をものともしない、新しい枠組みを欲するのが人間というものだ。それを見たくてしょうがないはずだ。そのためには、まずは紙を浸しつくさねばならない。自分が住んでいる大海を、とりあえずは泳ぎ切ってみるしかない。

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2007-01-30 鏡が曇れば太陽も照らない

_ Canadian Winter

今日は比較的暖かい。夕方だが、今はマイナス6℃。昨日はマイナス20度まで達した。とはいえ外にはほとんど出ないので、寒さを感じることはあまりないが。実家の長野市は日本では寒い方だが、さすがにマイナス20度にはいかない(市内ということもあるし)。今週末はさらに冷え込むようだし、ちょっとだけ楽しみだ。ちょっとだけ。

雪は長野の方が圧倒的に多い。確かにこっちも降るし、気温が低いので残るが、せいぜい30cmくらいである。しかもやたら融雪剤を撒くので、道路にはほとんど雪がない。その代わり融雪剤のためにどの車の車体も白くなっている。多くの人が予想するとおり、こっちは何かにつけ極端である。「繊細」という言葉の認知率を調べたらさぞかし低いことだろう(逆に日本では「大胆」という言葉の認知率が低いかもしれないが)。除雪車も頻繁に来る。こっちに長く住んでいる人に「除雪車は(雪が降ると)すごく早く来るよ」と聞いていたのだが、なるほどすぐに来る。しかもかなり速え。どうやら「早く」だけでなく「速く」でもあったようだ。こっちの雪がかなり軽いパウダースノーだから出来るのだろうが、雪で見通しもあまり効かない状況で飛ばしまくる除雪車になかなかの男っぷりを見た。ただしこの間事故っているのも見た。まあ、そうなるわな。

_ 風呂の鏡

日本の風呂は、洗い場に鏡が付いていると思う。温泉や銭湯の洗い場なんかだと、蛇口の上に1人1枚ずつ必ず付いているし、家の風呂でも普通そうだろう。一方、西洋の風呂は基本的にユニットバスであり、その場合、基本的には壁に鏡が付いていないのではないだろうか。もちろん、洗面台には付いている。しかし、「体を洗うスペース」、すなわちユニットバスなら浴槽のある部分ということになるが、そこには鏡が普通無いと思うのだ。少なくとも、今自分が住んでいる家の風呂はそうだし、学生時代にユニットバスの部屋に住んでいたこともあるが、そこは洗面台にしか鏡が無かった。さて、それが一体何なのかというと、僕は、「ユニットバスだと自分の裸を見る時間が少なくなる」ということを指摘したいのである。

僕は痩せ型だが、そんな僕でも30歳を過ぎて無駄な肉が付いてきたような気がする。周りからは全然肉が付かなくて羨ましいと言われ続けているが、本人は体型がちょっとずつ変わっていることに気付いている。まあ、ハードな稽古もしていないので当たり前だ。と、それはどうでもいいのだが、日本にいた頃は風呂で体を洗いながら、「部活辞めてから筋肉が落ちたなあ」とか「わき腹に肉が付いてきたなあ」とかしばしば思った。しかし、こっちに来てからそんなことを感じる機会がグッと減っているのだ。それもそのはず、洗っているときに鏡が目の前にないから、自分の体型をまじまじと見る時間がほとんどなかった、というわけである。これに気付いたとき、はたと思い至った。日本の標準的な風呂のように、セパレートタイプの風呂に変えたら、北米大陸でも肥満って減るんじゃないか?と。いろいろなダイエット法を試す前に、体重計の針を見る前に、自分の体型を鏡で見る。これは大事だろう。

まあ、脱肥満のアイテムになるかどうかはさておくとして、古来から日本では鏡は非常に重要視されてきた。神棚にも鏡がある。天照大神を象徴するのが三種の神器の一つ、八咫の鏡だからだ。さて、天照大神といえば太陽の象徴。ではなぜ太陽が鏡か。単に光を反射するからというだけではあるまい。光で魔を払う、なんてのも答えになっていない。なんで光で魔を払えるのか、が問題になるからだ。古代の人は姿を映す鏡に神秘的なものを感じていた、なんてのはよくあるが、まだ浅い。神道の本義をわかっちゃいない。僕はこう考える。「自身の中にこそ、太陽があるから」。

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2007-01-05 いい加減にやるくらいなら、やらない。

_ 他人の目ばかり気にしてるとそういうことになるね

本当にしっかり理解したことは忘れないものだが、僕は中途半端な理解のまま進んできたのか、研究をしていても論文や教科書を見直さなければならないことが多い。開いた教科書に重要なポイント(だとそのときは思っていたこと)が書き込まれていることもあるのだが、それを書いた記憶が全くないときなど、自分の記憶力やいい加減さにがっかりする。全てのことを網羅するのはもちろん不可能で、「どこに何が書いてあるか」「何を調べたら載っているか」を知っておくことが大事なのは間違いないが、そのレベルに達するにも、「ポイントはこれだ」とひとことで言えるまでには理解しておかなければならない。

いい加減にやるなら、やらない方が時間が無駄にならない分よっぽどマシなわけだが、その観点からすると、だいぶ無駄に時間を過ごしてきてしまったものだなあと思う。全てのことは必ず役に立つもので無駄なものなど一切ない、という「見方」が出来ることはもちろん知っているが、例えば空手のオーバーワークで昔怪我をした膝や、バイクで事故をしてから時々痛むようになった右肩など、体を壊してしまったことは正直「無駄」だったなあと思う。無論、経験という観点からではなく、壊す意味が無かったということだ。得たこともあるが、失ったものも多かったのでは、欲張りな僕としては納得がいかない。大学浪人したことなんかの場合は、確かに時間も余分に掛かったし、親に心配掛けてしまったが、おかげで出会えた友人や得ることが出来た経験からすると「昔に戻って勉強し直して、現役で受かることが出来たらなあ」と思わないのだが(もしそうだったらどうなっていたんだろうという興味はある)、怪我とかそういうことは過去に戻って避けることが出来たらなあ、と単純に思う。経験しないで済むなら経験しないほうがいいことは、やっぱりあるのだろう。物質的なことはたいてい元に戻せないものだから、慎重に扱ったほうがいいのかもしれない。もちろん、時間も。いい加減にやるくらいならやらないという指針は守らねばなるまい。

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2007-01-01 明けましておめでとうございます

_ 今年も宜しくお願い申し上げます

2007年を迎えました。4月にカナダに来て、長かったような短かったような、何とも言えない不思議な時間を過ごした気がします。僕は何をするにも慣れるまで時間が掛かる方なので、最初の半年くらいは英語はもちろんのこと、それ以外の様々なことに関してもストレスを感じていました。自分の「肝の座らなさ加減」(こんな言葉があるのかどうかは知りませんが)には自分でも呆れるほどですが、おかげさまで最近になってようやく自然体で過ごせるようになってきました。

年越しは、普段から仲良くさせて頂いている日本人の方のおうちに、ウォータールー在住の日本人やカナダ人で集り、15、6人で賑やかに過ごしました。皆で持ち寄った刺身やお寿司、そして年越しそば、やっぱり日本食はうまかった!カナダでこんな日本風の年越しが出来るとは思っていなかったので、しみじみとありがたいなあと感じました。小さい子供達がはしゃぐのを見たときは、自分が小さかった頃に年末・正月に親戚で集るのがとても楽しかったのを思い出しました。あの頃はコタツに入って、親戚達がワイワイ言っている声を聞きながら眠るのがとても好きだったなあ。

元日は妻が作ったおせち料理とお雑煮を食べ、ここでもやっぱり日本食はいいなあと再度確認しました。これで温泉があれば最高なんですけどねえ。僕が知る限り、カナダ人でも日本で温泉に行ったことのある人は「また行きたい」と皆言っていたので、あの良さがわかるのは何も日本人ばかりじゃないようです。そりゃそうですよね。あの良さは文化とかに関係なく、体で感じることですもんね。是非カナダにも銭湯でもいいから作って欲しいものです。それからもうひとつ、当たり前だしわかっているけれど、神社がないのは残念。初詣に行かないと、何というか、やるべきことを済ませていない感じがするんです。仕方がないので、日本の方角を向いて拍手を打っておきました。

さてさて、海外学振の任期もあと1年3ヶ月。残りの期間、やり残したことのないように自分の直観を信じて突っ走ってみようと思います。今年も宜しくお願い申し上げます。

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